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2006.02.13 更新

 

里谷“神話崩壊”五輪3大会連続メダルならず

里谷

会場をあとにする里谷の背中に、力はなかった

大舞台になれば、やってくれる。驚異的な集中力を発揮する「里谷神話」がトリノで崩壊した。2大会連続のメダリストが、屈辱ともいえる15位。五輪で初めて悔し涙を流した。「滑りがよくなかったし、エアも失敗した。これが今の自分の100%。仕方ない」

今回は重い過去を背負っていた。昨年2月の泥酔騒動で自らの栄光に傷をつけた。激しい批判を浴びながらの五輪出場。汚名返上にはメダル獲りしかない−新技フロントフリップ(前方宙返り)に取り組んだ。五輪まで100日を切るなか、ウエットスーツにスキー姿の里谷が、ウオータージャンプ台から冷たい水面に何度もからだを打ち付けた。

1月中旬の練習中に腰を痛めた。現地に入ってからも、一時は立ち上がれないほどの激痛があった。3月1日からW杯が再開するが、「今はわからない。まだ、わからない」。傷だらけの里谷の進退が微妙に揺れる。

里谷多英・五輪全成績
開催地順位得点
94リレハンメル11位23・18
98長野25・06
02ソルトレークシティー24・85
06トリノ15位22・12


■里谷 多英(さとや・たえ)

1976(昭和51)年6月12日、北海道・札幌市生まれ、29歳。5歳からスキーを始め、小6でモーグルに転向。その年の全日本選手権で初出場優勝を果たす。94年リレハンメル五輪11位、98年長野五輪金メダル、02年ソルトレークシティー五輪銅メダル。W杯通算2勝。フジテレビ所属。1メートル65、55キロ。

★伊藤は最下位

初出場の18歳、現役高校生の伊藤は2つのエアを決めたが、タイムが伸びず決勝では最下位の20位に終わった。「公式練習から調子がよくなかった。うまく滑れなかったのが悔しい」と目を潤ませた。将来性を高く評価されて、ジュニアから大抜てきされ、4月から中京大に進学する。初めての五輪はホロ苦い結果だったが、「もっと強くなって、バンクーバー五輪に出て一番になる」と、4年後を見据えた。