2006.02.27 更新
快挙!男子回転初のW入賞!湯浅が7位に入る
胸を張れ。半世紀ぶりのアルペン入賞。初めてのダブル入賞となった皆川(左)と湯浅(撮影・奈須稔)
「第3の男」が初めての大舞台で希望の光を探り当てた。湯浅だ。22歳、7位入賞。ヘルメットには「死攻」の2文字。敢闘精神は最後まで揺るがなかった。
首位から1秒39差の17位で2回目のスタート。大逆転を狙って、序盤の急斜面から積極的に攻める。尻もちをつきそうになっても前へいく姿勢を失わない。2回目のタイムは全体で3位の49秒81。ゴールした時点で2位以下を1秒以上引き離して暫定トップ。何度もこぶしを突き上げた。
「何回転んでもいいから自分の持っているすべてを出そうと思った。2、3回失敗したけど、自分が信じた滑りをすればいいタイムが出ると再認識できた」。伏兵が皆川とともに日本アルペン界で50年ぶりの快挙をやってのけた。
左ひざに爆弾を抱えていた。昨年5月の米国合宿で左ひざを負傷、軟骨の一部がまだ欠けている。「手術が必要だけど、手術したら五輪に出られない」。半年近く痛み止めの薬を飲みながら練習と試合をこなし、夢の舞台に立った。スキー部のない中学時代、陸上の走り高跳びで全国3位の1メートル96を記録した。不完全な状態でも最高の力を出せたのは、恵まれた身体能力の高さがあったからだ。
スキーを始めた小3のとき。イタリアの名選手トンバを見て、「世界一になりたい」と五輪へのあこがれを抱いた。皆川らが“バンクーバーの星”と期待するホープは、「4年後はライヒを絶対に負かしてやります」としっかり頂点を見据えた。
■湯浅 直樹(ゆあさ・なおき)
1983(昭和58)年4月24日、北海道・札幌市生まれ、22歳。札幌商高−北海道東海大。10歳の時にアルペンスキーを始める。W杯では04年12月の回転21位が最高だったが、05年12月のW杯クラニスカゴラ大会で自己最高の7位入賞と大躍進。トリノ五輪代表に選出された。また、五輪直前に開催されたヨーロッパ杯(W杯の1ランク下)で優勝。1メートル77、72キロ。
★佐々木、3旗目で途中棄権
ダル獲得を公言したエース佐々木明(ガーラ湯沢)の五輪はあっけなく終わった。8位からの巻き返しを狙った2回目。スタートからわずか3旗門目。またいで通過できず、途中棄権した。「事故みたいなもの。しようがない」。さばさばした顔で屈辱の場面を振り返った。
1回目に出ばなをくじかれた。折からの曇天で「旗門の周りが陰って見えなかった」。右目を2度、左目も1度手術しているが完全によくなってはいない。「どこに溝があるかわからない」とアタックできず、自称「天才」の“弱点”をさらけだした。10年バンクーバー五輪は28歳。「(巻き返す気は)バリバリある」と雪辱を誓った。
★オーストリアが表彰台独占
オーストリアが表彰台を独占。アルペンのメダル独占は98年長野五輪女子アルペン複合のドイツ以来5度目となる。オーストリアは過去に56年コルティナダンペッツォ五輪男子大回転と64年インスブルック五輪女子滑降の2度、1−3位を奪っている。
■男子回転VTR
前回ソルトレークシティー五輪の男子回転金メダリスト、ビダル(フランス)が前日の練習中に骨折して引退を表明する波乱の幕開け。1回目で優勝候補筆頭の地元イタリアのロッカ、昨季W杯総合優勝のミラー(米国)ら有力選手が転倒するなどリタイアが続出。日本勢は皆川が3位、佐々木が8位、湯浅が17位、生田が62位で全員2回目へ。2回目は14番スタートの湯浅が序盤から会心の滑りで、一時はトップへ。メダルが期待された佐々木は途中棄権、皆川も3位と0・03秒差で表彰台を逃し、4位。湯浅は7位、生田は47位だった。
■アルペンスキー・回転
アルペンスキーの中で技術系と呼ばれ、標高差(国際大会)は男子で180〜220、女子で140〜200メートル。旗門数は男子が55〜75、女子は45〜65。細かいターンを要求される旗門を攻略し、2回の合計タイムで争う。80年代に「可倒式ポール」が採用され、テクニックも急速に変化。ポールが倒れない時代はスリ抜ける滑りだったが、ターン内側の腕でポールを倒す技術に続き、外側の逆手で倒す革新的な動作も生まれ、近年では腕とひざでなぎ倒す直線的な滑りが定着した。
★佐々木、皆川が第1シード
スキーのW杯男子回転スタートリスト(WCSL)で、26日、佐々木明と皆川賢太郎が同時に第1シードに入った。皆川はトリノ五輪4位でWCSL11位に順位を上げた。既に第1シードされている佐々木は10位。3月10日、W杯第8戦長野大会で適用される。第1シードは過去1年の累積ポイントの上位15選手で、1回目に早い順番で滑る。日本人2人が同時に第1シードに入るのは極めて異例。


◆男子回転1回目に首位のライヒに0秒01差の2位につけたカレ・パランデル(フィンランド)は2回目に旗門不通過。ゴールまで滑ったが失格に
「選手生活で一番、ガッカリ。回転や大回転は多少の運がないと勝てない。次の五輪を目指すかどうか今、聞かれたら、ノーだ」