2008年03月27日 更新
【女子】岩坂が導いた!東九州龍谷2年ぶり3度目V

今大会で女子最長身の岩坂がVをけん引。“第2の浅尾ちゃん”も襲名だ(撮影・中井誠)

メダルをかけて笑顔を見せる東九州龍谷の選手たち(撮影・鈴木健児)
第39回春の高校バレー最終日(26日、東京・国立代々木競技場第1体育館)強さも高さも日本一だ! 決勝が行われ、女子は東九州龍谷(大分)が25−13、25−21、25−15で古川学園(宮城)にストレート勝ち。2年ぶり3度目の優勝を果たした。今大会で女子最長身1メートル88の岩坂名奈(2年)が、その高さを生かしたブロックで活躍。全日本ジュニア代表に7人を送り込むスター軍団は、インターハイ&国体の高校3冠を目指す。
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高校バレー界の銀河系軍団が、春高を完全制圧した。マッチポイントで岩坂がブロックを決めると、東九州龍谷のメンバーはそれまでの厳しい表情とはうって変わって、コート上で女子高生らしくはしゃいだ。
「去年優勝できなかった悔しさをバネに、この1年間、部員18人全員で頑張ってきました」と岩坂。ブロックはチーム最多の5点をマーク。スパイクも3位タイの7点、サーブで1点の計13得点をたたき出した。連覇を狙った決勝で大阪国際滝井(大阪)に敗れた昨年のリベンジを達成。1メートル88の身長に続いて実力でも高校日本一に立った。
岩坂を含めて7人が全日本ジュニア代表というエリート集団だが、メンバーは満身創痍(そうい)だった。ライト長岡望悠は県予選2週間前の1月19日に左手を骨折。手術で手にプレートとボルトを入れ、スパイク練習を再開したのは3月6日から。レフト川原愛璃は大会1週間前に腰痛を発症。痛み止めの薬を飲みながらプレーした。
そんな苦境に岩坂は「最上級生として引っ張っていく」という決意で春高に臨んだ。指高(手を挙げた指先までの高さ)2メートル49は日本一ともいわれるほど。生まれ持った卓越した身体能力を武器にチームを牽引(けんいん)した。
出産時の体重は3500グラムと標準サイズだったが、母・秀子さん(46)によると、保育園では背の高さで頭一つ抜け出していたという。小学校卒業時の身長は1メートル70もあったが、特にスポーツはしていなかった。福岡・高宮中ではその高さを生かしてバスケットボール部に入部するつもりだったが、たまたま友人からバレー部に誘われた。「先輩が優しそう」。そんな理由で方針転換し、才能が開花した。
ジュニア代表の指揮も執る相原昇監督(39)は「みんなが一つになってくれた。日本一だけでなく、その上を目指す育成をしたい」。3月で卒業した河合由貴(JT)は昨年11月のW杯で一足早くシニアデビューを果たした。エリート集団の中でも光る岩坂が、全日本入りする日は決して遠くない。
(江坂勇始)
【選手喜びの声】
■東九州龍谷
1899(明治32)年創立の共学校。バレー部創部は1927(昭和2)年。97(平成9)年に扇城から現校名。所在地は大分・中津市。廣池重徳校長。全校生徒600人。バレー部員は18人。春高は19年連続24度目。第18、37、39回大会優勝。主なOGは河合由貴(JT)。
★力負けに涙の古川学園・田代「メンタル面足りない」
9年ぶり5度目の優勝を目指した古川学園(宮城)だが、東九州龍谷(大分)に0−3の力負け。第2セットで一時リードを奪った以外は見せ場がなかった。主将のセッター田代佳奈美(2年)は「自分たちのバレーができませんでした。技術よりメンタル面が足りなかった」と涙。8得点に終わったエース星はるか(2年)は、「インターハイで借りを返したい」と前を向いた。








◆松浦寛子(2年)
「この舞台で優勝できたことはうれしいです。最高でした」
◆於久晶子(2年)
「みんなで一つになれたと思います。この大会を通して成長できた」
◆川原愛璃(2年)
「前回2位でその悔しさを忘れずに1年間頑張ってきました」
◆岩坂名奈(2年)
「最上級生として自分たちが引っ張っていく気持ちで頑張りました」
◆芥川愛加(1年)
「初めての春高で緊張しました。このまま高校3冠を達成したい」
◆長岡望悠(1年)
「予選ではみんなに迷惑をかけた。感謝の気持ちでプレーしました」
◆田村紗有里(1年)
「この1週間で成長することができました。次も優勝します」
◆栄絵里香(1年)
「初めての日本一でうれしいです。今までで最高の経験です」
◆梶原雪路(2年)
「2位の悔しさを味わいたくないので、1年間頑張ってきました」
◆山本早紀(2年)
「日本一になれてうれしかった。3冠を取ることが目標です」
◆島田愛弓(2年)
「コートでプレーする機会は少なかったけど、優勝できてよかった」
◆馬詰万央(1年)
「初めての春高で緊張したけど、全員バレーができました」