成徳学園が連覇…大山が姉に誓った快挙に涙

大山姉妹

プレゼンターの大山加奈(右)からメダルを受ける後輩たち。妹の未希(右から2人目)は、姉にメダルをかけてもらうことを試合前に約束していた

バレーボールの全国高校選抜優勝大会最終日(26日、東京・国立代々木競技場)女子決勝は、成徳学園(東京)が文京学院大女(東京)との“東京女子高ダービー”を3−0で制し、女子では史上4校目の連覇を果たした。前回春高からインターハイ、国体と合わせ“高校4冠”の快挙。全日本女子選手の姉・加奈(18)から主将を引き継いだエース大山未希(2年)は、姉妹連覇を成し遂げ、姉に抱き付いて喜びの涙を流した。

勝って流す涙は初めてだ。「勝ったよ〜!」。終盤から号泣するテレビ解説席の姉・加奈に、大声で報告する。成徳学園、連覇。主将の大山は昨年はなかった涙で、顔をクシャクシャにした。

「去年は“目立とう”だけだったけど、今年は自分が引っ張らなきゃと思った」。在学時から全日本に選ばれた偉大な姉から主将を引き継いだ。表彰式のプレゼンターを務めた姉から優勝メダルをかけてもらうと、重責から解放されたように、夢中で抱きついた。

調子は悪かった。大会2週間前に右アキレス腱に疲労性炎症を起こした。跳べない。風呂に氷水を張り冷やして出ていた。だが、疲労度最高のはずの決勝では、跳んだ。アタック31本で15得点。ジャンプサーブでエースも取った。「本当に苦しい時は自分が決めるつもりだった」。去年の姉のように、試合中、仲間の眼を見て励まし続けることも忘れなかった。

卒業後は、姉といっしょの実業団に入って全日本を目指したいが、1メートル77では、小さいことは分かっている。「全日本でやるなら(レシーブ役の)リベロがいいかも」(小川良樹監督)。レシーブ技術に重点を置くなど、模索し始めている。

4月から姉は初めて家を離れて寮生活、11月のW杯へ全日本活動も忙しくなる。「今までは普通のお姉ちゃんだったけど、遠い存在になった感じがする」。もともと成徳の主将背番号は「1」。1メートル87の姉が大きめに作られた「4」を着たため、そのユニホームを受け継いだ。最初はブカブカだったが、やっと似合うようになってきた。

「五輪に出られるように、もっとがんばりたい」。春高成績では並んだが、まだ一歩先を行く姉。これからも追いかけ続ける。

■大山 未希(おおやま・みき)

1985(昭和60)年10月3日、東京・江戸川区出身、17歳。小1の時、ひまわりクラブでバレーを始める。成徳学園中2年で、全国中学選手権優勝。昨年の春高は1年でレギュラー出場した。全日本ジュニア選手。家族は両親と姉、弟。好きなアイドルはモーニング娘。の加護亜依。1メートル77、72キロ。

◆大山未希(2年)

「調子は良くなかったけれどみんなで頑張れた」

◆細川麻美(2年)

「試合中、みんなの顔を見て戦いました」

◆大福倫子(2年)

「メダルを首にかけてもらって最高でした」

◆佐藤美耶(1年)

「先輩を頼りながら、レフとの役割が果たせた」

◆相川由圭(2年)

「初レギュラーでの優勝だからうれしいです」

◆木村沙織(1年)

「みんなが応援してくれて勝てました」

◆馬場由季(2年)

「相手のデータを準備して役立てたかな」

◆神美郷 (2年)

「コートの中の選手を信じて戦えました」

◆田口絵理(2年)

「今年最初の試合で優勝できたのがうれしい」

◆浦上裕加(1年)

「審判に注意されるくらい大声で応援しました」

◆熊切結衣(1年)

「ベンチから一生懸命、声を出しました」

◆小塚愛美(1年)

「自信なかったけれどチーム応援に支えられた」

■成徳学園

大正15年、成徳女子商業学校として創設された私立女子校。田中暎二校長。生徒数548人。中高一貫教育で、4月から下北沢成徳に校名変更。文理と国際理解コースがある。バレー部は昭和26年創設で、現在の部員数16人。OGは、落合真理(久光製薬)、榛沢舞子(パイオニア)ら。

★そのとき

優勝が決まった瞬間、上下ジャージーに長い髪をたくし上げたハチマキ姿で応援していた大山の母・久美子さん(40)は、両手を挙げて飛び上がって喜んだ。「よくやりました。今までの苦労を知っているので、(優勝できて)ほんとによかった」。昨年の姉・加奈に続く春高の姉妹連覇。「いろいろ悩んだときもあったようです。でも、姉妹仲が良くて、いつも励まし合い、二人三脚でここまでやってきました」と、娘の苦労を思いだして目を潤ませた。