2008年05月01日 更新

【フェンシング】男子エペ“流浪剣士”西田、いざ北京へ

西田は居候生活が実っての五輪出場にフェンシン“グ〜”(撮影・浅井武)

西田は居候生活が実っての五輪出場にフェンシン“グ〜”(撮影・浅井武)

 北京五輪に出場するフェンシング日本代表の男女7人が4月30日、都内で会見した。男子エぺで五輪初出場の西田祥吾(25)=鹿児島クラブ=は、実家が営む新聞販売所で活動費を稼ぎ、練習相手を求めて鹿児島から上京。昨年は千葉・船橋市内の友人宅に居候しながら腕を磨いた苦労人だ。

 幕末の浪士を思わせる薩摩隼人だ。鹿児島県生まれの西田は、3月末の世界ランクでアジア・オセアニア地区2位となり、五輪初出場を決めた。他の種目と異なり全身のどこを突いても有効とされるエペの実力は折り紙付きだが、経歴は実にユニークだ。

 大学卒業後の一昨年春、地元に戻ったものの練習相手がいないと分かり再上京を志す。家業の新聞販売店で、チラシを新聞に折り込むアルバイトで活動費を蓄えたが、資金不足のまま昨春に上京。幼なじみの友人宅に居候し、母校・法大で練習に打ち込んだ。

 「お互い彼女もいないし、気遣いはありませんでした」。支払いは光熱費1万円のみだが、肩身は狭い。たまに食器を洗って機嫌を取った。海外遠征は格安航空券、バスの長距離移動で節約した。

 そして今春。友人は就職を決め、西田は夢の五輪へ。28日には日本協会が都内に借りた2Kのアパートに引っ越した。「信じられなかった。友人とは缶ビールで乾杯しました」。居候の身から、わずか1年で立身出世。薩摩の流浪剣士が、西郷隆盛や篤姫にも負けない活躍を北京で見せる。

(浅井武)

★フルーレ・千田、父の分まで

 男子フルーレの千田健太(22)=中大=も変わり種。父・健一さん(現宮城県立仙台三高教頭)は日本が出場をボイコットした80年モスクワ五輪の代表。28年越しに父の無念が晴れ「ボク以上に喜んでくれました。ずっと心に引っ掛かっていたんでしょう」。中学時代は学校帰りに週1回、マンツーマンで特訓を受けた。北京五輪に応援にくる父の前で、メダルを獲る。