2008年04月06日 更新

【柔道】まさかの準決勝敗退…野村、五輪代表入りに赤信号

準決勝で浅野(後方)に敗れ、野村はガックリと畳の上に座り込んだ

準決勝で浅野(後方)に敗れ、野村はガックリと畳の上に座り込んだ

 全日本選抜体重別選手権(第1日、5日、福岡国際センター)男女7階級が行われ、男子60キロ級で五輪3連覇中の野村忠宏(33)=ミキハウス=が、まさかの準決勝敗退。02年講道館杯以来となる日本人相手の黒星で、6日に決まる北京五輪代表入りが極めて厳しくなった。五輪4連覇が心の支えだけに代表漏れの場合、引退決意の可能性が高い。平岡拓晃(23)=了徳寺学園職=が優勝した。

 誇り高い男の顔が、生気を失った。野望に終止符を打つようなブザーに、野村は畳に座り込んだまま、しばらく動けなかった。五輪を懸けた大一番で準決勝敗退。冷酷な現実を、すぐには受け入れられなかった。

 「ショックと自分へのふがいなさでいっぱい。五輪? 出たいけど自分の気持ちじゃなく、連盟の判断になるから…」

 相手の浅野大輔(自衛隊)は実績の乏しい若手。だが、技がかからない。逆に残り1分20秒、背負い投げで崩されて痛恨の技あり。皮肉にも、自分の十八番で“引導”を渡された。

 「『オレが代表になるやろ。普通にやれば勝てるやろ』と、勝負師として持ってはいけない感情を持ってしまった」

 敗戦後、慢心があったことを認めた。日本人に負けたのは02年11月24日の講道館杯3位決定戦(対・高橋寿正)以来、1959日ぶりだ。

 昨年5月に右ひざ前十字靱帯(じんたい)を断裂。それでも自分を追い込んでこれたのは、五輪4連覇の夢があったからだった。谷亮子が昨年大会2位で世界選手権代表になった例はある。だが、対抗馬の福見友子は直前の世界大会未勝利で、実績評価の選出理由に説得力はあった。

 今回優勝の平岡は昨年12月から嘉納杯、仏国際と世界の強豪が集う大会でV。吉村和郎強化委員長は「(野村で)安全を取るか、勢い(の平岡)を取るか」と含みを残したが、平岡を外す大義名分がなく状況は厳しい。

 「選ばれなかったら、これが最後になるかもしれない。ふがいない内容で申し訳なかった」

 試合後、160人のミキハウス応援団に頭を下げた。熱意を燃やす材料がなくなれば、柔道着を脱ぐ覚悟はある。注目の五輪代表発表は、6日。栄光の現役生活に、幕を下ろす瞬間が近づく。

(周伝進之亮)

◆斉藤仁・日本男子監督

「野村の出来は最悪だった。金メダルを3つ取った選手の試合とは思えなかった。五輪代表は勢いを考えれば平岡になるが、野村の実績をどう評価するかによる」

■野村忠宏(のむら・ただひろ)

 1974(昭和49)年12月10日、奈良・広陵町生まれ、33歳。奈良教育大大学院を経てミキハウスへ入社。祖父・彦忠さんが興した豊徳館野村道場で6歳から柔道を始める。96年アトランタ、00年シドニー、04年アテネ五輪柔道60キロ級で金メダルを獲得、日本人初となる個人種目での五輪3連覇を達成。1メートル64。

★妻・葉子さんも言葉失う

 まさかの敗戦に野村の妻・葉子さん(34)は言葉を失った。2歳になったばかりの長男・基晴クンとスタンドで観戦。ミキハウスの大応援団に頭を下げて会場を出るときに「一番悔しいのは本人。選ばれるのを祈るだけ」と話した。家庭では柔道の話をしないのが野村家の流儀。今後については「何も分からないけど、やると決めたらやる人。夫の決めたことについていくだけです」と話した。

★平岡は初五輪代表へ大きく前進

 野村のライバルの平岡は、決勝の残り23秒で決めた大内返しが効き優勢勝ち。野村との直接対決は実現しなかったが、初の五輪代表へ大きく前進した。「野村さんの“五輪4連覇”の記事を見て、目にものを見せてやると思っていた。北京で優勝してガッツポーズしたい」。昨秋から母の協力で低カロリーの手料理を口にし、減量苦を解決。世代交代を印象付ける優勝となった。

★内柴が復活V

 アテネの金メダルから4年。オリンピックイヤーに内柴が復活した。決勝は開始わずか51秒、腕ひしぎ十字固めで一本勝ち。土壇場で代表争いの本命に浮上した。「ウソつきじゃないところを息子に見せたかった」。この3年間は6月に4歳になる長男・輝(ひかる)クンとの「父ちゃん、優勝してくるからな」という約束を裏切り続けた。やっと父親の威厳を取り戻し、北京も見えてきた。