2017.11.2 11:00(1/2ページ)

【二十歳のころ 井上康生(3)】「お兄ちゃん」から「敵」に…勝負師として開花

【二十歳のころ 井上康生(3)】

「お兄ちゃん」から「敵」に…勝負師として開花

特集:
二十歳のころ
2004年、全日本選抜体重別選手権の男子100キロ級決勝で兄の智和さん(左)を大内刈りで破り優勝した井上。同じ柔道家として兄にも認められていた

2004年、全日本選抜体重別選手権の男子100キロ級決勝で兄の智和さん(左)を大内刈りで破り優勝した井上。同じ柔道家として兄にも認められていた【拡大】

 「始め」と審判の声が掛かった瞬間から、気持ちは飲まれていた。何もできなかったんだ。3学年上で、幼いころから互いの柔道の苦楽を知る兄(次男の智和さん)との初対決は判定で敗れた。

 舞台は、19歳で迎えた1998年の全日本選抜体重別選手権決勝。その年から、国内大会は国際規定と同じ階級での実施に変更された。主将を務めた明大卒業後の社会人1年目で、前年まで95キロ級が主戦場だった兄に対し、東海大2年だった私は95キロ超級。互いに100キロ級となって迎えた対戦だった。

 遠慮があったんだ。2人とも家族を持つ身になった今も、よく一緒に出掛けるほどの仲の良さは昔から変わらない。2000年シドニー五輪を目指すライバルというよりも、やっぱり兄として認識していた。(05年に病気で他界した将明さんを長男に持つ)末っ子で三男の私に、いつも優しく接してくれたから、勝たせてくれるんじゃないかとさえ思っていた。畳の上に立つ前から結果は決まっていた。

 勝負が終わり、全力で向き合えなかったふがいなさから号泣してしまった。思い返せば、心の弱さを丸出しにした行為だったと恥ずかしい。もともと柔道日誌に稽古記録は残していたけど、その夜から詳細に日記を付け始めた。大学ノートに1ページ、悔しさをつづった。

【続きを読む】

今、あなたにオススメ
Recommended by