2017.10.19 11:00(1/2ページ)

【二十歳のころ 中嶋悟氏(3)】スタート直後の接触事故で宙に舞った

【二十歳のころ 中嶋悟氏(3)】

スタート直後の接触事故で宙に舞った

特集:
二十歳のころ
1988年のF1日本GP決勝。ピケ(手前中)と中嶋(右端)はともにロータス・ホンダで出場

1988年のF1日本GP決勝。ピケ(手前中)と中嶋(右端)はともにロータス・ホンダで出場【拡大】

 1978年7月15日、25歳のときだった。F2000から全日本F2に名称が変わったレース(当時の国内最高カテゴリー。現在のスーパーフォーミュラ)が夏休みだった時期に、僕は英国のブランズハッチで英F3(F1への登竜門)に出場した。そうしたら、スタート直後の事故で空を飛んじゃった…。

 先頭からスタートしたネルソン・ピケと、ディレック・ワーウィック(ともに、のちのF1ドライバー)が接触して、後ろから行った僕は突っ込んで宙に舞い、上半身がむき出しの車が裏返しになって地面に落ちた。大事には至らなかったけど、大きな事故だった。

 77年のFJ1300(のちの全日本F3)で7戦すべてで予選、決勝とも1位。そのご褒美だった海外デビュー戦が一瞬で終わった。

 それが英国から帰国したら、全日本F2を正規には続けられないという。英F3に出場する前にライセンスを英国のものに変更する必要があって、手続きのときは「はいはい、問題ございません」って言われたんだよ。ところが帰国したら変更は1年に一度限り、その年はもう日本のライセンスに戻せませんって。当時、そんなルールの細かい部分は誰も知らなかった。結局、帰国後にF2で得た得点は無効になり、所属チームの「ヒーローズレーシング」で同僚だった星野一義さんがチャンピオンになった。ご褒美で海外に行って、空飛んで、本業のタイトルを棒に振っちゃった。当時、「幻のチャンピオン」と言われたな。

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