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【二十歳のころ 日高逸子(2)】年齢制限ギリギリで合格

【二十歳のころ 日高逸子(2)】

年齢制限ギリギリで合格

特集:
二十歳のころ
日高逸子

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 菓子職人の夢破れ、今度はツアーコンダクターになろうと、東中野の『トラベルジャーナル旅行専門学校』(現ホスピタリティツーリズム専門学校)に通い始めたのは1982(昭和57)年、二十歳の時でした。

 専門学校時代の友人とは、夫も含め今でもLINEでつながっているなど交流が続いていますが、当時は友達とも疎遠になるくらい、勉強と仕事に明け暮れました。

 上京当初は大塚の新聞販売店に住み込みで勤務し、次は新宿にあった『白十字』という喫茶店。歌舞伎町のパブやスナックでアルバイトをしていたこともあります。これも住み込み。水商売も楽しかった。当時の源氏名はひらがなで『ひろみ』。お酒を飲まないと恥ずかしくてしゃべれないから、酔って寝てしまったりもしていたけど、そんな私をひいきにしてくれるお客さんがいたんです。

 京王プラザホテルの高層にあるラウンジで、チャイナドレスを着て働いたこともありました。働いている人もモデルのような美人ばかりで、なぜ私がここにいるんだと思うような場所。ハープ奏者までいる別世界でした。

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