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【二十歳のころ 日高逸子(1)】パティシエ目指し上京した田舎の純情娘

【二十歳のころ 日高逸子(1)】

パティシエ目指し上京した田舎の純情娘

特集:
二十歳のころ
日高逸子

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 暮らしは貧しく、小学生の頃から兄と新聞配達をするようになりました。夏休みの思い出といえば、稲刈りを手伝った記憶しかありません。最初の頃は機械化もされておらず、手で刈っていました。宮崎のものすごい夏の暑さのなか、顔はいつも真っ黒。手伝わなければ祖父母が大変だという思いでした。

 中学2年の時に祖父が亡くなり、その後は祖母が1人で私たち2人を育ててくれたようなもの。もちろん親類の援助はあったものの、高校へは自分で奨学金制度の手続きをして進学し、新聞配達の仕事を続けました。

 高校卒業後は田舎から出たかったのですが、3年の夏にバイクに乗っていた時に事故に遭って左足を骨折。全治に半年以上かかる間、周りに勧められるがまま、家から歩いて5分で行ける南郷信用金庫の支店に就職しました。

 ただ、堅い仕事やデスクワークがまったく合わない。それに田舎から出たくて仕方がなかった。交通事故の保険金と信用金庫で1年間働いて貯めたお金を合わせ、お菓子職人を目指し、新大久保にあった『東京製菓学校』に通うため上京しました。今でいうパティシエです。

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