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【二十歳のころ 的場文男(1)】夢はナンバーワン「富士山になろう」

【二十歳のころ 的場文男(1)】

夢はナンバーワン「富士山になろう」

特集:
二十歳のころ
那須の地方競馬教養センター時代。的場騎手(右)が16歳のころで森下博騎手(左、現役最高齢騎手、62歳)ら同期生と腕を競い合った (特別区競馬組合提供)

那須の地方競馬教養センター時代。的場騎手(右)が16歳のころで森下博騎手(左、現役最高齢騎手、62歳)ら同期生と腕を競い合った (特別区競馬組合提供)【拡大】

 デビューしたころは、7000勝も挙げられるとは思ってもみませんでした。17歳でデビューして43年。これも関係者やファンのみなさんのおかげです。本当に感謝しています。

 僕の実家は福岡県の大川市で7人きょうだいの四男。男では一番年下でした。父は宮崎で騎兵隊に所属していて、終戦後、馬を1頭だけ連れて帰り、その馬を使って木材を運ぶ商売をしていました。父と一番上の兄・孝治が一緒になって会社を大きくしたのですが、その兄が「次男までは守れる。でも、おまえらはここに残っても(できる仕事は)運転手までだぞ」と、三男の信弘と僕に言ったんです。父が馬主だったこともあり、信弘は佐賀競馬場で、僕は大井競馬場でお世話になることになりました。13歳のころです。

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