2017.5.29 12:28

琢磨、“悲運のヒーロー”から脱却!5年前は最終周に追い抜きかけクラッシュし17位

琢磨、“悲運のヒーロー”から脱却!5年前は最終周に追い抜きかけクラッシュし17位

 世界三大レースの一つといわれる米国伝統の自動車レース、第101回インディアナポリス500マイル(インディ500)は28日、米インディアナポリスのインディアナポリス・モータースピードウエーで決勝が行われ、元F1ドライバーの佐藤琢磨(40)=ホンダ=が日本人初優勝を果たした。

 2004年にF1米国GPで日本勢最高位タイの3位表彰台に立った男が、再び日本のモータースポーツ史を書き換えた。琢磨はF1では2005年限りでBARホンダからの退団を余儀なくされ、移籍したスーパーアグリ・ホンダは08年シーズン途中で経営難となり撤退。10年からインディに新天地を求めた。

 2年目の11年には日本人初のポールポジションを2度獲得。翌12年のインディ500で優勝を争う見せ場をつくったが、最終周に追い抜きかけてクラッシュして17位に。“悲運のヒーロー”となったが、ついに悲願を達成した。

 唯一悔やまれるのは、弁護士だった父・和利さんが食道がんで11年6月、62歳でこの世を去ったことだ。早大入学後にレースを始めた遅咲きの琢磨にとって最大の理解者だった亡父の口癖は、「一度始めた以上は、最後までやり抜け」だった。墓前にようやく、最良の報告ができる。

 10歳だった1987年に両親と鈴鹿でF1を初観戦。早大進学後の96年にカートを始め、97年に鈴鹿サーキット・レーシング・スクールを首席で卒業した。01年に日本人初の英国F3王者に輝くと、02年にジョーダン・ホンダからF1デビュー。BARホンダ、スーパーアグリ・ホンダで通算90戦を戦い、最高位は04年米国GPの3位だった。10年から米インディへ活躍の場を移した。

 尊敬する選手はF1の名選手だったアイルトン・セナ(ブラジル)。最後まであきらめない姿に感動を覚えたが、琢磨も“音速の貴公子”に負けない走りで、偉業を成し遂げた。

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