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【二十歳のころ 白井貴子氏(3)】ミュンヘン五輪決勝当日に右肩“奇跡の回復”

【二十歳のころ 白井貴子氏(3)】

ミュンヘン五輪決勝当日に右肩“奇跡の回復”

特集:
二十歳のころ
1972年9月7日、ミュンヘン五輪決勝でフルセットの末にソ連に敗れ、悔し涙にむせぶ白井さん

1972年9月7日、ミュンヘン五輪決勝でフルセットの末にソ連に敗れ、悔し涙にむせぶ白井さん【拡大】

 朝起きたら何週間ぶりかで気分爽快でした。1972年9月7日。ミュンヘン五輪バレーボール女子決勝の当日です。

 運命が変わったのは決勝予定日前日の5日です。パレスチナ武装組織が選手村のイスラエル選手団を襲撃、選手ら11人を殺害する事件が起きたのです。

 その日、直前のけがで右肩も回らない状態で、この五輪で引退するつもりだった私は、先輩から諭されていました。「ビッグ(愛称)、人生は長いよ。バレーをやめるにしても体は治した方がいいよ」。その先輩が、日本選手団のトレーナーで鍼治療の免許も持っている人を知っているというので、紹介してもらいました。

 「どうせやめるし、試合には出ない。治れば御の字」と、鍼治療を受けたのですが、そうしたら翌朝、40度近い高熱で起き上がれなくなった。練習に出られず、監督の小島(孝治)先生は「アイツは最後まで俺に逆らったな」とおっしゃっていたそうです。

 事件で大会は1日順延され、新たな決勝日となった7日朝、肩の痛みはすっかり消えていました。

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