2017.1.29 14:35

重友、5年ぶりの復活V!世界選手権代表に名乗り 「最後までゴールできたことが一番、うれしく思う」/マラソン

重友、5年ぶりの復活V!世界選手権代表に名乗り 「最後までゴールできたことが一番、うれしく思う」/マラソン

1位でゴールする重友梨佐=ヤンマースタジアム長居(撮影・寺口純平)

1位でゴールする重友梨佐=ヤンマースタジアム長居(撮影・寺口純平)【拡大】

 大阪国際女子マラソン(29日、ヤンマースタジアム長居発着) 8月の陸上世界選手権(ロンドン)代表選考会を兼ねて行われ、ロンドン五輪代表の重友梨佐(29)=天満屋=が2時間24分21秒で5年ぶり2度目の優勝を果たし、代表に名乗りを上げた。(タイムは速報値)

 酸いも甘いもかみ分けてきた舞台で、重友が復活を遂げた。32キロ付近から先頭を走る堀江美里(29)=ノーリツ=との差を縮め始めると、35・5キロで追いつき一気に突き放した。フィニッシュラインを越えると、涙を浮かべながら天満屋の武冨豊監督の胸に飛び込んだ。

 「本当にここに戻ってきて、最後までゴールできたことが一番、うれしく思う。いま出る力をしっかり出し切ろうという気持ちで走った」

 2011年4月、ロンドンマラソンで初の42・195キロを走り、2時間31分28秒で24位。重友にとって、ほろ苦デビューとなった。12年大阪国際女子でマラソン初優勝を飾り、同年のロンドン五輪切符を獲得したが、2時間40分6秒で日本人最下位の79位。またも悔しい思いをして帰途についた。

 前回大会は終盤に失速して5位に終わり、優勝した福士加代子(34)=ワコール=に8分23秒も引き離された5位に終わり、2度目の五輪切符はつかめず。00年シドニー大会から続いていた天満屋の五輪代表派遣も途切れ、レース後は涙を抑えきれなかった。同3月に右かかとを負傷して、10月まで本格的な練習ができず。苦境を乗り越えて挑む5度目の浪速路だった。「苦しい時期もかなりあったけど、いろんな人に助けてもらったりしながら、ここまで来られたので、しっかりいまできる走りをしようと思ってがんばった」と感慨に浸った。

 15年8月の世界選手権(北京)は14位に終わった。2020年東京五輪へ、重友のリベンジロードが幕を開けた。

重友梨佐の話「苦しい時期もあったが、しっかり、いまできる走りをしようと思った。結果のことは考えずに走った。ゴールできたことをうれしく思う」

瀬古利彦・日本陸連長距離・マラソン強化戦略プロジェクトリーダーの話「重友は後半、よく走った。ただ、世界のレースでは、先頭集団につかないと、アフリカの選手に逃げられてしまう。次はついてほしい。前半頑張った堀江、(実質的に)初マラソンの田中も評価できる」

尾県貢・日本陸連専務理事の話「(重友は)自分でレースを組み立てた。新体制の思い、考え方を反映させたレースだった」

  • 1位でゴールした重友梨佐(中)。右は小原怜=ヤンマースタジアム長居(撮影・寺口純平)
  • 一斉にスタートし、第1コーナーを通過する重友梨佐(手前)ら選手たち=ヤンマースタジアム長居(撮影・村本聡)
  • 2位でゴールする堀江美里=ヤンマースタジアム長居(撮影・寺口純平)
  • スタートする竹中理沙、加藤岬(右奥)、堀江美里(左)ら=大阪市東住吉区のヤンマースタジアム長居(撮影・寺口純平)
今、あなたにオススメ
Recommended by