2016.2.28 16:19

東洋大・服部勇馬、終盤失速で課題痛感「体が動かなくなった」/マラソン

東洋大・服部勇馬、終盤失速で課題痛感「体が動かなくなった」/マラソン

ゴールする東洋大・服部勇=東京ビッグサイト(撮影・寺河内美奈)

ゴールする東洋大・服部勇=東京ビッグサイト(撮影・寺河内美奈)【拡大】

 東京マラソン(28日、東京都庁前-東京ビッグサイト)東京マラソンで初マラソンに挑んだ学生ナンバーワンランナー、服部勇馬(22)=東洋大=は、終盤に日本人トップに立つ見せ場を作ったが、その後失速。日本勢4位となる12位でゴールした。

 30キロ過ぎで第2集団から抜け出すと、軽やかなペースで前を走る村山謙太(23)=旭化成=を追い上げた。

 「思っている以上に集団が付いてこなかったので、気持ちが楽になり、いいフォームを心がけて走りました。(村山との差が)急激に詰まってきたので、村山さんのところまではちゃんといきたいと思っていました」

 35キロ過ぎの給水地点で「ペースを落としたくなかったので」一気に抜いた。36キロ過ぎでは、沿道からの声援に右拳を上げて応える余裕も。「37キロくらいでは、まだまだという感じがあった。走りに余裕があって『ああ、楽しいな』と感じていました」

 昨年のこの大会でマラソンデビューを果たすべく準備していたが、直前に右アキレス腱(けん)痛に見舞われて取りやめた。だから「今回の第一の目標はスタートラインに着くことでした」。正月の箱根駅伝後、本格的なマラソン練習に入り、4本の40キロ走など順調な調整を進めてきた。一方で「朝起きて、足が痛くなるんじゃないかと、1日1日が怖くて、不安だった」と打ち明ける。

 2年越しで迎えた初マラソンの号砲。「ようやくスタートラインに立てるという思いがこみ上げてきました。第一の目標を果たしたからには、日本人1位(でのリオデジャネイロ五輪)が目標でした」。序盤、外国招待選手のペースに村山以外の日本人が付いていけず、逆に第2集団は1キロ3分を過ぎるスローペースに。その中でも「遅かったら遅かったで仕方がない。初マラソンだし、こういうこともあるのかなと、集団の中で安定したペースを刻んでいこうと思っていました」。自分のペースを守り、チャンスを狙っていた。

 村山をかわし、五輪がかすかに見えた終盤。だが「38キロから前腿に疲労がきてしまって、40キロからは体が動かなくなった」。急激にペースが落ち、後続の高宮祐樹(28)=ヤクルト、年下の下田裕太(19)=青学大=に、次々に抜かれた。ゴール直前には一色恭志(21)=同=にも抜かれてしまった。

 「同じ大学生にも負けたのは悔しいし、みじめで情けない…。37キロくらいまでは楽しかったけど、ラスト2キロは経験したことのないつらさでした。(途中で)いけるんじゃないかと思ってしまったことが、甘いなと」

 昨年9月に左アキレス腱を痛め、秋の駅伝シーズンが始まるまでに十分な練習を積めなかった。「その部分でスタミナを作りきれなかった」とは東洋大の酒井俊幸監督(39)。また脚を痛める怖さから「練習で『これくらいにしておこう』という気持ちがあった。それがラスト2キロにつながってしまったかな」とは服部。「狙ったのは2時間10分切り。30キロ以降のペースアップをしてでも、そこから上げられるだけのスタミナを、今後付けないとダメだと思う」と酒井監督は課題を挙げる。

 「マラソンのきつさが分かった。今回、走ってよかった」と、結果を前向きにとらえる服部。学生としてのレースは、これが最後。4月からはトヨタ自動車に入社し、マラソンでトップ選手を目指す。「30キロから、臆することなく思い切っていくこと。それは崩してはいけない。(今後は)そこからさらにペースアップできるように。1キロ2分58秒くらいのペースで30キロまで余裕を持って走れるか。そのペースで42・195キロを走り切るにはどうするか、(実業団で)知りたい」。はるか2020年の東京五輪を見据えた。