王者が山で散った…順大がまさかの途中棄権 (1/2)

順大に悪夢が…。1区の関戸が右足にけいれんを起こし、出だしから区間最下位に沈んだ=撮影・斎藤浩一
第84回東京箱根間往復大学駅伝往路(2日、東京・大手町−神奈川・箱根町芦ノ湖駐車場入口、5区間108.0キロ)前回大会で往路、復路を制して完全優勝した順大は、5区の小野裕幸(3年)が脱水症状に陥り、ゴールまで残り500メートルの22.9キロ地点で走行不可能となり、無念の途中棄権。昨年はこの「山上り」区間で圧倒的な強さをみせた同大だが、一転して悲劇に見舞われた。
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悲劇が起きた。頂点を極めた栄華から1年、連覇を狙う順大が箱根の「山上り」5区で、よもやの途中棄権だ。
舞台は得意だったはずの天下の険。ゴールまで残り500メートル。19位を走る小野の足が止まった。両足にけいれんを起こし、自由がきかない。前のめりに倒れ、それでも前へ進もうとアスファルトをはった。仲村明監督(40)が並走していた車から「歩いてもいい。タスキだけはつなげ」と大声で励ますが、小野の耳には届かない。監督が駆け寄って介抱した瞬間、2連覇への挑戦は終わった。
「本人は『行きたい』といっていたが、あの状態ではムリ。手足が冷たくなっていた。ああなる前に歩かせていれば、タスキはつながったかもしれない。私の判断が遅かった…」。救急車で神奈川・小田原市内の病院に運ばれた小野は、脱水症状の低血糖状態。命にべつじょうはなかった。
5区は標高差864メートルを駆け上がる難所。18位でタスキを受けた小野は11位まで順位を上げたが、前半のオーバーペースが響き、残り1.5キロで立ち止まる。屈伸と給水で再び走り出したが、力尽きた。昨年11月の全日本大学駅伝で横隔膜を痛め、食事を減らしていたという。次期主将に決まっている小野は救急車の中で「あと(ゴールまで)どのぐらいでしたか」と仲村監督に問い、涙を流してわびた。
天国から地獄。前年優勝校の途中棄権は96年の山梨学院大以来の屈辱。3日の復路はオープン参加で走行は許されるが、区間成績は残らない。昨年5区は“山の神”と異名を取った今井正人(現トヨタ自動車九州)が、区間新で駆け上がった見せ場だったが、この大会では暗転。さらに、1区の関戸雅輝(2年)も右足にけいれんを起こし、出だしから区間最下位という悪夢に沈んだ。
仲村監督も「ジェットコースターみたいだよ」と苦笑いするしかなかったが、順大は06年にも8区でトップを快走していた主将が脱水症状に陥り、区間最下位で優勝を逃した過去がある。改めて健康管理の見直しに迫られそうだ。
記録の残らない復路には、松岡佑起主将ら4年生3人がエントリーする。泣きじゃくる選手たち。2区の山崎敦史(3年)は「先輩たちに、おんぶにだっこのツケがきました…」と、涙が止まらなかった。
(浅井武)
■5区
小田原中継所〜箱根芦ノ湖の全区間最長となる23.4キロ、通称「山上り」。最大高低差864メートル。スタート後1キロを過ぎた板橋交差点付近から上り始め、5.5キロ付近から本格的な上りとなる。ここから約13キロにわたり、カーブを含んだ急な上り坂が続く。18.7キロが国道1号線最高点となり、その後は21.9キロの箱根神社大鳥居まで下り坂。下りに入った後の約4キロが勝負の明暗をわけた年もある。第81回(05年、当時の区間距離は20.9キロ)では順大・今井正人が11人抜きを記録。区間記録は第83回(07年)に今井が記録した1時間18分5秒
■箱根駅伝アクシデント
◆第67回大会(91年) 往路2区の早大・櫛部静二は残り5キロから脱水症状を起こし、首位から14位へ転落。フラフラになりながらもタスキをつないだ
◆第72回大会(96年) 往路4区の山梨学院大・中村祐二は突然のアキレスけん痛。痛みをこらえて何度も立ち止まりながら、10キロを進んだところで途中棄権
◆第72回大会(96年) 往路4区の神奈川大・高島康司は左すねを疲労骨折してコースにうずくまり、棄権した
◆第77回大会(01年) 往路2区の東海大・伊藤孝志は、脱水症状でフラフラになって途中棄権
◆第78回大会(02年) 往路2区の法大・徳本一善が右足アキレスけん痛で右太ももを叩きながら走ろうとしたが、途中棄権
◆第82回大会(06年) 復路8区の順大・難波祐樹が脱水症状を起こし、首位から4位へ転落。もうろう状態になりながらもタスキをつないだ

