2008年03月29日 更新

岡田監督染め直しブチ上げ!オシム色排除、オレ流で戦う!

 サッカー日本代表の岡田武史監督(51)が悲壮な覚悟で“脱・オシム”を宣言した。W杯アジア3次予選バーレーン戦(26日)で0−1完敗した日本代表のスタッフ会議が28日、文京区のJFAハウスで行われ、「我慢してきたこともいろいろあるけど、これからはオレのやり方でやる」と明言。戦術面を含めて独自色を打ち出し、“岡田色”に染め直していくことをブチ上げた。

 予想外の完敗が、背中をドンと押した。26日のW杯アジア3次予選・バーレーン戦に敗れ、約2時間にわたって行われたスタッフ会議。腹を決めた岡田監督の表情は、すっきりしていた。

 「いろんなことを大きく変えるのはリスクが大きいと思って(オシム前監督時代を)踏襲してやってきた。我慢してきたこともあるけど、これからはオレのやり方でやるから、という話をした」

 昨年11月16日にオシム前監督が脳梗塞(こうそく)で倒れ、同12月7日に引き継いで、まだ3カ月。オシム前体制への遠慮も否めない。ところが、それが中途半端な戦術となり、敵地・バーレーン戦では持ち味の展開力は影をひそめた。指令塔役のMF遠藤(G大阪)を相手が疲れた後半から投入する策も、裏目に出た。

 「戦術を劇的に変えるのは非常に難しい。(6月末に終了する)3次予選が終わってから、と正直思っていたけど…」

 最終予選から“岡田色”に染める予定だったが、大幅に前倒しする方針を明かし、一歩踏み込んだ発言も飛び出した。

 「人につくようなディフェンスは本来、ぼくはやっていなかった」と、オシム監督が好んだマンツーマンディフェンスからの脱却宣言だ。オシム政権で選手は、さまざまなポジションをこなせる多様性(ポリバレント)を要求された。最終ラインはセンターバック2人にとどめ、「攻撃は最大の防御」とばかりにリスクを負ってでも攻めることに重きを置いた。

 一方、岡田監督は横浜M時代などには、各ポジションの専門性を重視してきた。最終ラインにセンターバック3人を配し、専守防衛からのカウンター攻撃を好む。当然、選手選考も変化が予想され、戦術や練習法も含めて“オレ流”を貫く。

 「世界をあっと言わせよう!!」と昨年12月の初招集した合宿のミーティングで掲げた『W杯3位』の理想は封印。守備的でつまらないサッカーだといわれようと、目の前の勝利を最重要視する。結果が出なければ責任を問われるのはむろん、覚悟の上だ。30日の鹿島Vs横浜M戦(カシマ)の視察から、岡田ジャパン再構築を図る。

(林健太郎)

■これまでの岡田監督

 岡田監督は昨年12月の就任会見で「今あるものを生かして少しずつチームを作っていくのがベター」と、3次予選まで『考えて走るオシム流』の継承を明言。今年1月の本格始動では『接近・展開・連続』を掲げ、横浜Mの黄金期を築いた堅い守備からのカウンターサッカーを封印して、攻撃的なチームを標榜した。しかし「オシムさんのサッカーはオシムさん以外にできない」という言葉通り、守備の人数を減らして攻めるリスキーな“オシム色”と、安定性の“岡田色”の融合が中途半端に。『接近・展開・連続』の標語も、すっかり忘れ去られていった。

■3・26バーレーン戦VTR

 岡田ジャパン7試合目にして初めて、オシム前監督が貫いた4バックを捨て3バックを採用。守備重視の戦術を選んだ。さらにオシム流パス・サッカーの中心的存在だったMF遠藤(G大阪)を「戦術的な理由」(岡田監督)で先発外に。しかし、攻撃はボールを保持できる遠藤が不在で中盤に“タメ”がなくなり無得点。守備はDFが本職ではない阿部、今野を起用する中途半端さで後半32分に失点。痛い0−1敗戦を喫した。

★岡田流に高原理解

 浦和の日本代表FW高原は岡田監督の“脱オシムサッカー”発言について「監督が変わればやることも変わる。前の監督と同じことはできない。オレらは与えられたなかで結果を出していかないといけない」と理解を示した。右太ももの筋挫傷で26日のバーレーン戦は欠場したが、患部の状態は「やろうと思ったらやれるけど、明日から体を動かして状態を見ながらやります」。この日はリハビリに終始した。

★加藤GKコーチ視察なし

 岡田監督は30日の鹿島Vs横浜M戦の視察から再始動。五輪代表スタッフも29日のJ2視察から選手発掘に目を光らせるが、加藤好男GKコーチだけ、その予定はナシ。岡田監督はスタッフの入れ替えについて「そういうのはまだ考えていない」と語るにとどまったが、今後はスタッフの見直しも検討課題に入ってきそうだ。