2017.12.29 11:00(1/3ページ)

【二十歳のころ 高倉麻子(4)】澤とのパスで理解した世界に通じるプレー

【二十歳のころ 高倉麻子(4)】

澤とのパスで理解した世界に通じるプレー

特集:
二十歳のころ
サッカー女子日本代表「なでしこジャパン」の高倉麻子監督

サッカー女子日本代表「なでしこジャパン」の高倉麻子監督【拡大】

 体格で劣る日本が、世界と戦う上で何が強みになるのか。それがはっきりとわかったのが、澤穂希と戦った1995年の第2回世界選手権スウェーデン大会でした。技術や相手との駆け引きにたけた澤とプレーし、賢く戦えば海外勢に立ち向かえるんだという実感を得ることができました。

 澤は91年にベレーザの下部組織のメニーナに13歳で入団し、そこからわずか1カ月でベレーザに昇格。そこからベレーザでも代表でもチームメートになりました。ちなみに、そのとき澤をトップチームに上げると判断したベレーザの竹本一彦監督(現東京Vゼネラルマネジャー)は私の夫です。そういう意味でも縁がある選手といえます。

 澤と私は同じ中盤の選手。澤はゴールを奪う能力もあり、とにかく攻撃力が優れている選手だったので、中盤の攻撃的なポジションに彼女が入るようになり、私はボランチになりました。澤は私と“サッカー感”が合うプレーヤーでした。

 ボールを持った私が顔を上げると、澤がもう走っている。開催国のスウェーデンと戦った1次リーグ最終戦、私が出したボールに澤がドンピシャのタイミングで飛び出してくれました。このプレーで澤は相手GKと激突して負傷退場してしまったのですが、読みで相手を上回っていたからこその出来事でした。

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