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“野人”岡野氏が振り返る日本代表とワールドカップ 「チャンスの少なさが決定力不足だと言われる原因」

“野人”岡野氏が振り返る日本代表とワールドカップ 「チャンスの少なさが決定力不足だと言われる原因」

“野人”岡野が振り返る日本代表とワールドカップ 「チャンスの少なさが決定力不足だと言われる原因」

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 8月31日のオーストラリア戦に勝利し、日本代表はFIFAワールドカップ・ロシア大会への出場権を獲得した。その瞬間から選手たちの激しい“サバイバル”が始まった。

 本大会まで残された期間は8カ月。ロシアの地を目指すサムライたちは、本大会に臨む最終メンバーに選ばれるために何をすべきなのか? そして、どのような心構えでロシアの地を踏むべきなのか? 1997年11月16日、マレーシアのジョホールバルで行われたイラン代表とのW杯フランス大会アジア第3代表決定戦で、日本代表を初のW杯出場へ導くゴールを決めた岡野雅行(現ガイナーレ鳥取代表取締役GM)に話をうかがった。

 --まずは改めてジョホールバルでゴールを決めた瞬間を振り返ってください。 

 本当にすごいプレッシャーの中での試合でした。生きた心地がしなかったです。サッカーなんかやるんじゃなかったと思うくらいでした。W杯の出場権を獲得しなければ、日本には帰れないという雰囲気だったのでゴールを決めたときは、うれしいというよりもホッとしました。

 --2-2で迎えた延長開始と同時にピッチに立たれましたが、その時の心境は?

 僕はこの試合がW杯最終予選初出場だったんです。監督の岡田(武史)さん(現FC今治CEO)から『秘密兵器』だと言われ続けていた中でモチベーションを保っていましたけど、この場面だけは「本当にやめてくれ」と心の底から願っていました。

 --延長後半13分にゴールを決めるまでに何度もチャンスがありました。

 今、あらためてこの試合の映像を見ると、なんでシュートを打てる場面でパスを出したんだろうと僕自身が思います。でも本当に怖くてシュートが打てなかったです。開き直ってプレーするとかそういうレベルではありませんでした。感覚的には戦争に行っているような感じでしたからね。

 --ジョホールバルから日本に帰国された後の変化は? 

 友達が増えましたね(笑)。帰国した空港で待ち構えていたメディアの数もすごかったですし、まるで英雄のような扱いでした。お袋がワイドショーに出ていましたし、買い物に出かければすぐに人だかりができました。本当に「なんだこれ?」っていう世界でしたね。

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