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【二十歳のころ 手倉森誠(3)】全財産1200万円が競馬で無一文に…

【二十歳のころ 手倉森誠(3)】

全財産1200万円が競馬で無一文に…

特集:
二十歳のころ
1992年、鹿島の初代ユニホームに袖を通した手倉森。しかし、その年限りで戦力外になった(鹿島提供)

1992年、鹿島の初代ユニホームに袖を通した手倉森。しかし、その年限りで戦力外になった(鹿島提供)【拡大】

 1992年10月。双子の弟・浩と鹿島アントラーズからそのシーズン限りでの契約解除を伝えられた。25歳になる直前だ。

 当時の私は、プロとしての競争意識が養われていなかった。社会人リーグからJリーグへと移る過渡期の世代で、プロ化の動きに乗り遅れた。プロ契約の形式を取っていたけれど、自分がチームで不遇だったこともあって「Jリーグなんか…」とふて腐れていた。戦力外通告も仕方のないことだった。

 サッカー以外の人生にも関心があり、違う道を歩みたくなっていた。青森の地元にレストランを出そうと目星もつけていた。そのための開業資金を増やそうと、当時蓄えていた1200万円を携えて中山競馬場に向かった。

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