★伊藤昇 鹿島クビ…競馬で全財産1200万円使った
手倉森監督は一度だけサッカー界から身を引こうとしたことがある。選手時代の1992年、プロ化1年目の鹿島をクビになった時だ。「故郷の青森で居酒屋でもやろうか」。やけになって足を運んだのが競馬場。1200万円あった全財産の半分を1日で使い切り、翌日に負けた分を取り戻そうと残りの600万円で購入した1点買いも外し、無一文になった。
「俺は何をやっているんだ。もう死ぬしかないか」。そんな時、NEC山形(現J2山形)から声がかかった。「サッカーでもう一度頑張ろうと決心した」。酒はやめられなかったが、ギャンブルはきっぱりと断った。
仙台を率いてJ2から5年でACLに導き、14年に五輪代表監督に。「人生、何があるか分からない。だから楽しい」。根っからの楽天家は、高額な授業料も無駄とは思っていないだろう。 (前U-23日本代表担当)