だから一生懸命に指示を出しても聞き入れてもらえなかった。例えばゴール前のFKの守り方。僕は日本では自分の視界を確保するため、守備陣に左右どちらかのサイドにスペースを作ってもらっていた。空いたエリアは責任を持って守るから、というスタンスだ。
ポーツマスでもリックス監督や選手にその意向を伝えたが、理解してもらえなかった。当時のイングランドはゴール前に密集しての肉弾戦が魅力。守り方一つでも文化の違いを感じ、もどかしかった。それでいて、点を決められると僕に対して「どうして止められないんだ」という空気がチーム内に漂う。相手のスーパーゴールでさえ、僕の責任のような感じになっていたのは辛かった。
DF陣との連係が命綱になるGKというポジションを外国籍の選手が守る難しさは覚悟していた。渡欧前、ある程度の言葉の壁はスキルでカバーできると思っていたが、1年目はカップ戦も含め12試合で25失点。2年目は1試合の出場に終わった。
GKとして海外に挑戦した初めての日本選手だったし、だれに相談していいのかも分からない。これはパイオニアの宿命なんだと割り切っていたが、実際は苦しかったし、何度も悔やんだ。ただ、この悔しさと向き合い、あきらめずにはい上がろうとしたメンタリティーは長い現役生活に役立っていると思う。