2006年07月07日 更新

いざ決勝へ!ジダンのPK弾でフランスがポルトガルを撃破

PKを蹴るフランス代表MF・ジダン

ジダン(右)のPKは前半33分。相手GKリカルドに方向を読まれたが問題なかった(共同)

W杯第23日・決勝トーナメント準決勝(5日=日本時間6日、ドイツ・ミュンヘン)フランス代表がポルトガル代表を1−0で下し、イタリア代表との決勝(9日、ベルリン)に駒を進めた。今大会限りで現役引退する大黒柱MFジネディーヌ・ジダン(34)=Rマドリード=が前半33分に決勝PK弾。自らのPK弾でポルトガルを破って決勝に進み、イタリアと激突するのは優勝した00年欧州選手権と同パターン。自国開催の98年大会以来、2度目の美酒まであと1勝。自身で有終フィナーレの舞台を整えた。

確信に満ちた一撃が猛烈な速度でゴール左隅へ突き刺さった。相手GKリカルドに方向を読まれても関係なし。前半33分のPK。ジダンが自らの有終フィナーレへの道を切り開いた。

「PKを決めるにはプレッシャーが必要。これを決めれば勝てる、決勝へ行ける…と自分に言い聞かせて蹴ったよ」

先制ゴールでスタンドを沸かせた後、絶叫はしたものの、若手のようにオーバーアクションではしゃいだりはしない。1−0勝利が決まって場内が「オーシャンゼリゼ」の大合唱に包まれても背番号10は冷静だった。今大会限りで現役引退する34歳。熟練された“大人のサッカー”がそこにあった。

「力を入れるタイミングを計算して動け。場面ごとに全力で走るのか、あるいはペースを落とすのか考えるんだ」。現在の代表チームで最も若い23歳のMFリベリに対して、こんなアドバイスをしているジダン。FWアンリが受けたファウルで得たPKを成功させると、明らかにペースを落とした。

丁寧すぎるほどにボールをキープ。無理なアタックを避けて味方、そして衰えを知る自分の身体も落ち着かせた。もしイエローカードをもらえば累積警告で次戦出場停止の危機だった。自身はもちろん、後半38分まで両軍1枚の警告も出ない。なぜか激しさに欠ける展開を作り上げたのもジダンだった。

自国開催の98年大会以来、8年ぶり2度目のW杯制覇へ。決して偶然だけではない“Vパターン”に突入した。今大会の戦いが、黄金期に制した00年欧州選手権と酷似している。ジダンの決勝PK弾で準決勝のポルトガル戦に勝ち(スコアは2−1)、イタリアとの決勝を迎える−。ちなみに6年前は、FWトレゼゲの延長ゴールデンゴールでそのイタリアを2−1で下した。

「あとはトロフィーを目指すだけ。こうなったら止まるつもりはない」

歴史は繰り返されるのか。ジダンの“負けたら終わり”という危機感がチームの一体感も生んできた。7月9日、会場はベルリン。ジダン主演の伝説最終章の舞台は整った。

(須田雅弘)

■ジダンという男

★生まれとサイズ  1972年6月23日にアルジェリア系移民の息子としてマルセイユの貧困地区で生まれる。34歳。1メートル85、78キロ
  ★原点
  幼少期からサッカーを始める。技術を培った場所について「路地裏」と答えるほど、路地裏で毎日サッカーに明け暮れる。正対した相手を交わすため、ボールをキープしたままクルリと体を一回転させる『マルセイユ・ルーレット』はまさに「路地裏」から生まれた
  ★クラブ経歴
  14歳で親元を離れ、フランスリーグ・カンヌの下部組織に入団。トップチームに昇格した17歳でプロデビュー。92年にボルドー、96年にセリエA・ユベントスに移籍。01年に史上最高額の移籍金82億円でスペインリーグ・Rマドリードに移籍した
  ★代表歴
  94年8月17日のチェコ戦で代表デビュー。同試合でいきなり2得点。98年の自国開催W杯と00年欧州選手権優勝の原動力に。04年欧州選手権後に代表を引退も、国民の復帰待望論を受け05年8月に代表復帰。代表通算107試合30得点
  ★獲得タイトル
  ユベントスでリーグ優勝2度(97、98年)のほか、欧州CL、トヨタ杯(ともに96年)など。Rマドリードでもリーグ優勝(03年)、欧州CL、トヨタ杯(ともに02年)を獲得した。個人では主に欧州最優秀選手賞(98年)、FIFA最優秀選手賞3度(98、00年、03年)

ジダンが出場した欧州選手権・W杯成績
大会 開催 地 結 果
96 欧州選手権 イングランド 4 強
98 W  杯 フランス 優 勝
00 欧州選手権 オランダ・ベルギー  〃 
02 W  杯 日本・韓国 1次L敗退
04 欧州選手権 ポルトガル 8 強
06 W  杯 ドイ ツ  ? 

★W杯後の現役引退はまれ

これまでW杯後に代表引退した選手は数多くいるが、現役引退した選手はほとんどいない。今大会中の今月3日、29歳の若さで決意した元日本代表MF中田英寿もその1人。世界的には元フランス代表の英雄、MFプラティニが86年メキシコ大会でチームを3位に導いた翌87年に現役を引退して周囲を驚かせた。32歳だった。ジダンが目指す優勝、そして現役引退となると前例がないといっていいほどだ。

★最後の決戦の舞台はベルリン

東西冷戦を象徴した「ベルリンの壁」で有名なドイツの首都。人口約339万人。高さ365メートルのテレビ塔や連邦議会議事堂、ブランデンブルク門やベルリン大聖堂などの歴史的建築物を持つ。決勝が行われる五輪スタジアムはブンデスリーガ・ヘルタの本拠地(収容人数7万2000人)。建築家のヴェルナー・マークによるデザインで、1934年−36年に建設された。史跡建造物に登録されている。2004年に全面改修された。