日本代表が帰国…700人のファンが出迎え「よくやった」
ジーコ監督と選手たちが日本の地を踏んだ。1次リーグ敗退にもかかわらず、多くのサポーターが出迎えた(撮影・塩浦孝明)
ドイツW杯で1次リーグ敗退に終わった日本代表が24日午後、成田着の日航機で帰国した。出発時を400人上回る約700人のファンが出迎え。「ありがとう!!」など温かい歓声と拍手に包まれた。98年フランスW杯で帰国時にFW城彰二(当時横浜M)が水をかけられるなど騒然としたのとは対照的。計100人の警備態勢に守られ、心配された混乱はなかった。
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水も、罵声もない。あるのは温かい拍手と大歓声、そしてカメラのフラッシュの嵐。無念の1次リーグ敗退に終わった日本代表は、予想外の歓迎ムードで出迎えられた。
「よくやった!!」「ツネさまー!!」「ありがとう!!」と飛ぶのはねぎらいの言葉ばかり。3月に野球の国別対抗戦・WBCで優勝した王ジャパンが帰国した時の約1000人には及ばないものの、空港ロビーで出迎えたサポーターは約700人。日本時間23日未明にブラジル戦に敗れた直後には、都内で暴動が起きるなど一部サポーターが怒りを爆発させたが、空港では心配された混乱は一切なかった。
98年フランス大会で3連敗を喫した岡田ジャパンは、帰国時に大罵声を浴びた。不発に終わったFW城が水をかけられる事件も勃発。この日の帰国も、事前にインターネット上に多数の“犯行予告”が躍るなど、惨敗劇の余波を関係者は警戒。日本代表スタッフ、空港警備、警察含め計100人の警備態勢を敷き、ジーコ監督と20人の代表戦士を徹底的にガードしたが、8年前とは対照的な歓迎ムードに包まれた。
もっとも当の選手たちは疲労の色を隠せず。主将DF宮本(G大阪)、MF中村俊輔(セルティック)、FW柳沢(鹿島)ら大多数の選手は無言。DF中沢(横浜M)は「見つめ直す? …。時間がかかるかな。しっかり反省して見つめ直せるように」と言葉を詰まらせ、DF三都主(浦和)も「今は次のW杯を考えることはできない。浦和で活躍して、それから」。さすがに“4年後”に言及する言葉は誰からも出てこなかった。
大半の選手は約1週間のオフをとり、7月1日から所属クラブに合流する。予想外の歓迎は4年後への期待感の表れか、はたまた失望感からくるあきらめなのか。傷ついた心身を癒し、リベンジを果たす舞台は、早くても4年後まで待たなくてはいけない。
(後藤茂樹)
★ヒデら3人帰国せず
MF中田英(ボルトン)、小野(浦和)、FW高原(ハンブルガーSV)の3人は帰国せず、ボンでチームと離れた。22日のブラジル戦で中田英は左手親指を突き指、高原は左ひざ内側側副じん帯損傷とともに故障したため、体を休めた。高原は今後、ドイツでフランクフルトへの移籍準備を進める。小野は来月1日から浦和のドイツ合宿に合流予定。それまではオフで、同僚のDF三都主と坪井は帰国したが、小野は別行動をとった。
■8年前は大混乱
98年フランス大会で3戦全敗した日本代表は6月29日、成田空港着の航空機で帰国。空港では約700人のファンが出迎えた。選手団が到着ロビーから出て空港出口に向って歩いていくと、30歳の男性が飲んでいたペットボトルの水を3試合無得点のFW城に浴びせた(中央)。男性はその場で警備員に取り押さえられた。城の被害は左胸と左腕がぬれただけだったが、現場は緊迫感に包まれた。帰国会見に上着を脱いで臨んだ城は「(水は)あとで気付いた」と話した。
■協会には抗議電話
W杯期間中に、日本サッカー協会には抗議の電話が殺到していた。豪州に1−3逆転負けした翌13日は、ジーコ体制化で最多の120件の電話が届き、「試合をやめて帰ってこい」など厳しい意見が大半を占めた。クロアチア戦に0−0で引き分けた翌19日には42件の電話があり、決定的な得点機を逸したFW陣に対し「FWを変えろ」などと意見も。ブラジルに1−4逆転負けして敗退が確定した翌23日は約100件だったが、協会関係者は「内容については差し控えさせてください」と話した。