中田英、涙のドイツから再出発!ブンデス・ヘルタ移籍浮上
まだ代表引退なんてできない…。MF中田英はピッチにあおむけに倒れ、このまま約10分間も動けなかった(AP)
W杯1次リーグ第14日(22日=日本時間23日、日本1−4ブラジル、ドイツ・ドルトムント)日本代表の1次リーグ敗退が決まった22日(日本時間23日)のブラジル戦後、MF中田英寿(29)=ボルトン=が代表続行への意欲を示した。うわさされた“代表引退”を「次につなげるしかない。まだまだ力が足りない」と号泣の中で否定した形。そんな中田英に対し、ブンデスリーガ・ヘルタが獲得に動き出したことが判明した。次回2010年南アフリカ大会を視野に、屈辱の地ドイツで“リベンジ”への挑戦権をつかみ取る可能性が出てきた。
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中田英の目は赤くはれていた。ドイツでの悔しさはヘルタで晴らすことになるのか(撮影・森本幸一)
泣きじゃくった顔はもうクールな表情に戻っていた。しかし、中田英の目はまだ赤かった。
「まだまだ力が足りないことを実感した。W杯の結果を素直に自分たちの力と実感して、次につなげるしかない」
ブラジル戦前に更新した自身の公式ホームページで「最後」という言葉を強調していたが、敗北にまみれて「次」に力を込めた。代表引退−。まだまだそれを宣言するわけにはいかなかった。
そんな中田英に、屈辱にまみれたドイツの地で“リベンジ”の機会が急浮上してきた。ブンデスリーガ・ヘルタが獲得に動き出したことが分かった。ヘルタは同じF組のライバルだったクロアチア代表主将MFのN・コバチが今季限りで退団する。後継の中盤選手を探しており、昨季もオファーを出すほど熱望する中田英の獲得に本腰を入れ始めた。
保有権を持つセリエA・フィオレンティーナと今季レンタル移籍したボルトンとの交渉が間もなく開始される。プレミア残留を第一希望に交渉は進められるが、本人はクラブの格以上に出場機会を重視しているという。移籍金など条件面の問題はあるが、本拠地ベルリンもお気に入りの場所。イタリア、イングランドに続く第3のリーグに戦いの場を移す可能性は十分ある。
世界のNAKATAを象徴するシーン。ブラジル代表FWアドリアーノが中田英を慰めた(AP)
ドイツでさらに自分に磨きをかけていくことになるかもしれない。もっとも、代表続行の気持ちが強固になっても次期監督の人事が影響する。後任監督との対話で意見が食い違えば、あっさり身を引くこともある。ただ「3回目の今回は本当に戦っている感じがした。それだけに、こういう結果になって残念」と代表への情熱が薄れることはない。
日本でただ1人、W杯3大会全10試合に出場した男。自然とこみ上げた涙が“やり残した”ことの証だ。試合後、ピッチ中央にしゃがみ込み、交換したブラジル代表の黄色いユニホームで顔を覆った。DF宮本が「サポーターにあいさつに行こう」と声をかけると「疲れて立てない。先に行ってくれ」と答えた。
涙を隠すためだった。「涙? そんなことないと思いますけど」と否定した中田英。しかし、日本サッカー協会・川淵キャプテンは「廊下で1人座り込んで肩をふるわせて泣いていた」とそっと明かした。
「南アフリカ? はい…」。次回南アフリカ大会については言葉を濁した。4年後は33歳。確かに年齢的には微妙なところだ。しかし、はらした目が9年間過ごした代表への“愛”を物語る。中田英の公式HPは23日、アクセスが集中してつながらない状況が続いた。誰もが行く末に注目している。誰もが“日本の王様”の必要性を感じている。
(志田健)
■ヘルタ
1892年創立。ブンデスリーガ優勝2度。今季成績は12勝12分け10敗の6位。主な選手はトルコ代表MFバストゥルクや元ブラジル代表MFマルセリーニョ。1980−81年シーズンには奥寺康彦氏(現横浜FC・GM)も所属していた。ベルント・シュイホルスト会長。本拠地は首都ベルリンのオリンピア(7万4400人収容)。
■日本の6・22ブラジル戦VTR
最低2点差以上の勝利が絶対条件となった一戦。高原&柳沢の不振2トップから玉田&巻に変えるなど、ジーコ監督は母国との決戦で勝負に出た。前半34分に玉田が先制弾。過去2分け5敗と勝ったことがない王国から初めてリードを奪ったが、ロスタイムにFWロナウドに同点ヘッド弾を決められると流れはブラジルへ。後半はまず8分にMFジュニーニョ、14分にDFジウベルト、36分に再びロナウドに被弾した。同時進行のクロアチア−豪州の結果も影響するところだったが、それ以前の1−4惨敗だった。