2006年06月18日 更新

中田英寿、98年のリベンジ胸に運命のクロアチア戦へ

中田英

練習後のピッチにたたずむMF中田英。8年前の悔しさを晴らすのは今しかない(撮影・森本幸一)

日本代表・W杯合宿(17日、ドイツ・ボン)ジーコ・ジャパンが18日、勝たなければならない運命のクロアチア戦を迎える。MF中田英寿(29)=ボルトン=は決戦会場での公式練習後、「勝つという結果以外答えることはない」と“不言実行”を宣言した。自らの“パスミス”で決勝点を奪われた98年フランス大会のクロアチア戦。がけっ縁で果たす8年前のリベンジが日本に確実に希望の光を灯す。

四の五の言わない。“日本の王様”は、リスクの先だけにある成功を追い求める。ニュルンベルクのまぶしい太陽が、中田英の悲壮な決意を照らし出していた。

「1ついいですか? もう今は勝つという結果しか考えてないんで。他のどうこうという問題じゃない。それ以外のことを質問されても答えることがないんで」

決戦会場で行われた前日の公式練習後、メディアの質問を遮るようにこうまくし立てた。この日の早朝に更新された自身の公式HP『nakata.net』では、言い訳と取られることを拒むようにメッセージはわずか4行にとどめて掲載した。異例の短さ。そこに“言い訳無用”の思いがみなぎっていた。

中田英は「ミスを恐れてはチャンスは生まれない。分かってない選手が多い」と親しいスタッフに吐露したという。最も嫌いな言葉の1つが「とりあえず」。紅白戦、豪州戦でも多かった「とりあえず」の横パス、バックパス。リスクを負わない姿勢に警鐘を鳴らしたかった。

引き分けでも厳しくなるクロアチア戦。確かに慎重な試合運びを選びがちな状況だ。98年フランス大会の1次リーグ第2戦の相手も今回と同じクロアチアだった。日本が1敗で迎える構図も同じ。その8年前の試合で中田英は後半32分、MF名波からの縦パスをMF山口に落としたボールを相手に奪われる“ミス”を犯した。これが決勝点につながり、1次リーグで敗退することになる。しかし、中田英はその後「あれは凡ミスじゃない」とチャレンジの結果と言い切っている。

運命のクロアチア戦が近づき、スタンドには8年前の“フランスW杯戦士”が集結する日が増えている。中山、相馬、井原…。解説者など立場を変えた先輩は、中田英ら当時を知る4人に口々に声をかけ握手した。

「お前、頑張れよ!」−。16日には、この名波の言葉に中田英は力強くうなずいた。当時最年少の先発メンバーだった男は、8年たった今でも“ミスを恐れぬ姿勢”に揺るぎがない。8年前の仲間の前で、今回はクロアチアに勝って攻める気持ちを証明するつもりでいる。

「どう戦うかよりも結果。もうやるしかないので細かいこと聞いてもしようがないですよ」

ニュルンベルクが舞台のオペラに『ニュルンベルクのマイスタージンガー』がある。歌合戦で1度目は失格のラク印を押された歌手がリベンジを果たす物語だ。そのとき歌われる歌が「朝はバラ色に輝いて」。がけっ縁でもミスを恐れず言い訳はしない。その先にジーコ・ジャパンのバラ色の朝がやってくる。

(志田健)

■98年フランスW杯のクロアチア戦

日本が初出場したW杯で1次リーグH組の2戦目に対戦。場所はナント・ボジョワール競技場で6月20日に激突した。前半から互角に戦いながら後半32分、のちに6得点で得点王になる相手FWスーケルの一撃に沈み、初戦のアルゼンチン戦に続き0−1惜敗した。翌21日にアルゼンチンがジャマイカを下し、日本とジャマイカの敗退が決定。日本は3連敗でH組最下位、クロアチアは最終的に3位に躍進した。当時のメンバーで現代表はMF中田のほか、MF小野、GK川口と楢崎の計4人。

★岡ちゃん、城、カズがエール

98年大会でクロアチアに0−1惜敗した“フランス組”が17日、ジーコ・ジャパンに必勝エールを送った。当時の代表監督である横浜Mの岡田武史監督(49)は相手の戦略を「日本をナメてるからボールをつないでくる」と分析。パスミスを誘い、攻撃を仕掛けるようアドバイスした。

この日のJ2湘南戦で31歳バースデー弾を決めた横浜FCのFW城彰二は「暑いだろうけど、いけるところまでいくという気持ちでやってほしい。ほかの選手もいるんだから」と先発FW陣に最初から飛ばしていく全力プレーを提言。

直前でメンバー落選したが90年代の日本のエースに君臨した横浜FCのFW三浦知良(39)は「W杯を見てるとミドルを打つと盛り上がってリズムが出てる。日本もミドルを打って盛り上がっていけばいい」とミドル弾のススメを説いた。誰もがリベンジ成功を祈り信じている。