2006年06月14日 更新

あきらめるな!!ジーコ日本…リティーが導く奇跡決勝T

12日の豪州戦は後半39分に同点被弾…

12日の豪州戦は後半39分に同点被弾。そして…。すべてを忘れて、クロアチア戦に向かうしかない=撮影・小倉元司

リトバルスキー氏

W杯で初戦黒星発進の経験があるリトバルスキー氏。日本に「すべてを忘れること」と提言した。後方は夫人のひとみさん

ドイツW杯大会期間中、サンケイスポーツに特別寄稿する元西ドイツ代表のピエール・リトバルスキー氏(46)=前シドニーFC監督=が、豪州戦敗北から一夜明けた日本代表に熱いメッセージを送った。3度のW杯出場で優勝1度、準優勝2度と輝かしい戦歴を誇る同氏も、最初の82年スペイン大会は黒星発進だった。そこで緊急提言「とにかく気持ちを切り替えろ」と促した。

とにかく、がっかりしました。こんなに悪い日本の試合を見たことがない。当日はドイツのテレビ局で解説をしていたのですが、だんだん言葉を失って静かになってしまいました。私も悔しい。経験のある日本は、もっといいパフォーマンスができるはずだと思ったのですが…。

勝ち負けだけでなく、もっとアクティブな、ポジティブなサッカーを見たかった。高原と川口、それに中沢は気迫が感じられたけど、俊輔なんかは終盤、いいときと比べてまるで違う人でした。

確かに戦術の問題もありました。豪州の動きに対して、日本はリアクションがなかった。福西が終始厳しくやられているのに、ベンチや周りは何の動きもない。福西がかわいそうでした。後半開始から15分くらいは少しよかったけど、その後はDF陣とMF陣がまったく一緒にプレーできていなくてバラバラ。俊輔も中田英も、選手がみな小さく見えました。

私が西ドイツ代表として初めてW杯に出た82年スペイン大会の1次リーグ初戦も、実はアルジェリアに1−2で負けました。そのときのことはよく覚えています。次のチリ戦まで中3日。チームスタッフは、自分たちのいい場面ばかりを集めたビデオを作って見せてくれた。もちろん悪い面の修正もしたけど、いいイメージを膨らませましたね。

そして、負けた試合のことはとにかく早く忘れようとしました。試合翌日はオフ。ホテルを出てテニスをやったり、仲のいい選手と3、4人でカフェにいってコーヒーを飲んだりしてリラックスを心がけました。

日本選手も切り替えてほしい。本当は、合宿生活から離れられればいいのですが…。それが難しければ、せめて積極的に外へ出てライン川沿いでも公園でもいいから景色のいいところを散歩でもしたらいいと思います。テレビや新聞も見ない。カフェに行って、コーヒーとチーズケーキでも味わいながらサッカー以外の話をすればいい。ドイツのケーキはおいしいと評判なんですよ。

あのときの西ドイツは“勝って当たり前”という状況から負けてしまいましたが、立ち直って準優勝しました。でも日本は豪州戦で有利という見方は多かったですが、“勝って当たり前”というまでではなかった。もちろん勝てればよかったのですが、“大変だ! 大変だ!”と心配しすぎてはいけません。

日本がもっといいサッカーをできることは間違いありません。私もJリーグでプレーして、その後も日本のサッカーを見てきてよく知っています。こうなってしまったら失うものは何もない。気持ちを切り替えて、クロアチア戦は90分間フルパワーで頑張ってほしいと思います。

■ピエール・リトバルスキー

1960年4月16日、ドイツ・ベルリン生まれ、46歳。元FW、MF。78年にケルンでプロデビュー。ラシン・パリ、ケルンを経て93年にJ1市原(現千葉)。96年に仙台(当時JFL)に移籍。97年の現役引退後はJ2横浜FC、豪州・シドニーFCなどで監督を務める。W杯には西ドイツ代表として3度出場。82年スペイン、86年メキシコ両大会で準優勝、90年イタリア大会で優勝。代表通算73試合18得点(うちW杯は18試合3得点)。

■西ドイツの82年スペイン大会

1次リーグ初戦はアルジェリアに1−2と不覚を取り、いきなり窮地に追い込まれた。しかし、2戦目はチリに4−1、3戦目はオーストリアに1−0と巻き返し。3カ国が2勝1敗で並んだが、チリ戦の大量得点が効いて得失点差で1位通過した。2次リーグは1勝1分けで4カ国による決勝トーナメントへ。最後はイタリアに敗れるも決勝まで進んだ。