ジーコ日本、悪夢の逆転負け…後半残り6分からまさかの3失点

試合終了の瞬間、ガックリと肩を落とす中田英と中村俊輔(左)。このシーンが、衝撃の大きさを物語っている=撮影・小倉元司
W杯1次リーグ第4日(12日=日本時間同日、ドイツ・カイザースラウテルン)悪夢の惨劇だ。日本代表が、大会初戦で豪州代表に1−3で敗れた。前半26分に先制しながら、後半残り6分から3失点して痛恨の逆転負け。ジーコ監督(53)は、指揮官として初めて臨んだW杯であまりにも厳しい現実を突きつけられた。02年日韓大会に続く決勝トーナメント進出に向けて手痛い黒星となったが、残りはまだ2戦ある。ジーコ・ジャパンは、必ず巻き返す。
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直視したくない現実。ジーコ監督は思わずピッチに背を向けた。1発、2発、そして3発…。後半39分から、ヒディンク豪州の放つ爆弾が日本を次々と直撃した。
「先制した展開から、この結果はまったく想像もしていなかった。難しい展開になった」

ベンチ前で頭を抱えるジーコ監督。まさかの逆転負けに声を失った=共同
ジーコ監督が唇をかみ締めた。W杯にはブラジル代表選手で3度、同代表首脳で1度の計4度出場も、監督としては初さい配。水色の長袖シャツにノーネクタイといういつもの勝負服で向かったが、シャツに汗が染みたときに待っていたのは悲惨な結末。率いた国を最近のW杯2大会連続で4強に導いている敵将、ヒディンク監督の笑顔とはあまりに対照的だった。
策が裏目に出た。前半26分にMF中村俊輔のゴールで先制。海外開催W杯で日本史上初の勝利へと前進した。しかし後半11分にDF坪井が足を痛めて退場。怪しい展開に、同34分からFW柳沢に代えてMF小野を投入。MF中田英が上がって1トップの下に俊輔、小野とトライアングルを組ませたが、「ヒデさんがボランチだと止めてくれたから楽だった。交代で役割が少しずつずれた」と俊輔。交代が混乱をもたらした。
逆に相手さい配はピタリ。ハーフタイムにジーコ監督は「カウンターを狙う」と指示したが、ヒディンク監督は「相手が引いてくればこっちのもの」と宣言していた。終盤、展開は敵の思惑通りに動く。後半39分、途中投入のMFケイヒルに守備の連係の乱れをつかれて同点弾を浴びる。さらにケイヒルに同44分、豪快にゴール左へ決められた。そしてロスタイム、これも途中出場のFWアロイージが3点目。「交代がうまくいった」と敵将に自画自賛を許した。
勝ち点を奪えなかった上、3失点は1次リーグ突破に向けて痛恨。だがジーコ監督は「昨年のコンフェデ杯も同じ展開。次に勝つしかない」と前を向いた。昨年6月のコンフェデレーションズ杯。初戦でメキシコに敗れたが、続く欧州王者・ギリシャに完勝し、世界王者のブラジルを2−2ドローと追い詰め、決勝トーナメント進出に限りなく近づいた。次戦18日のクロアチア戦に勝っての同じような展開を、理想図に描いた。
「がっかりしていても仕方ない!」
試合後のロッカー。ジーコ監督は、うなだれる選手に向けて大声を飛ばした。まだ歩みは進められる。指揮官ジーコのW杯初戦は悪夢となったが、大会をハッピーエンドにする可能性は、まだ残されている。
(須田雅弘)
■ジーコとW杯
ブラジル代表として78年アルゼンチン大会(3位)、82年スペイン大会(2次リーグ敗退)、86年メキシコ大会(8強)と3度出場。計14試合出場で5得点を挙げた。この3大会のチーム通算成績は12勝4分け1敗。また、テクニカル・ディレクターとしてベンチ入りした98年フランス大会は準優勝しており、同大会は4勝1分け2敗だった。4大会を合計すると16勝5分け3敗だが、公式記録で引き分けとなるPK戦2試合(1勝1敗)を「勝ち」「負け」で計算すると17勝3分け4敗。監督としては初のW杯で、通算“18度目”となるはずの勝利を目前で逸した。
【ヒディンクは】
豪州代表・ヒディンク監督は「日本のプレーを分析してきた。(同点の起点となった)スローインも練習していたし、すべてプランのひとつだった」と計算通りの勝利に胸を張った。日本の得点についても「明らかにGKに対するファウルがあった。それに対する正義の判断があったということだろう」とコメント。オランダと韓国をW杯4強に導いた名将のさい配が、32年ぶりW杯出場の豪州に大会初勝利をプレゼントした。