2006年06月08日 更新

ファンタジスタに異変!俊輔、左太もも違和感で練習早退

MF中村俊輔(右)

MF中村俊輔(右)が午後のシュート練習を回避。ピッチ脇でストレッチを開始した(撮影・森本幸一)

日本代表・W杯直前合宿(7日、ドイツ・ボン)“日本のファンタジスタ”に異変! MF中村俊輔(27)=セルティック=が7日の午後練習を途中で切り上げた。左太ももに違和感を訴えたもので、シュート練習の参加を見合わせた。もともと体調を不安視する声が渦巻く中での“早退劇”は予断を許さない。FW柳沢、DF加地ら故障者が絶えないが、ドイツW杯1次リーグ初戦12日の豪州戦へ、ジーコ・ジャパンに新たな緊張感が走る。

俊輔、お前もか!

7日の午後練習でのことだった。戦術練習を終えてシュート練習へ移行する際、俊輔が1人だけ輪から離れた。足取り重く進んだピッチ端で、トレーナーの付き添いでストレッチを開始した。

チーム広報担当によると、左太もも裏側に違和感を訴えたという。「大事を取ってシュート練習はしないでもいいと言った」と森川ドクター。ストレッチ後、そのままロッカーへと消え、左太ももにグルグル巻きのアイシングを施した。そして練習終了前、ひと足先にグラウンドを去った。

「花粉症? 大丈夫。熱? 大丈夫」。午前練習を終えた直後、小さな声で答える俊輔はこのときから変だった。午前のシュート練習では15本のうち決めたのは1本だけ。“決め上がり”にもなかなか決まらず、19選手中、ラストでようやくゴールした。いずれにしても、ジーコ・ジャパンを襲う故障禍は、不動の指令塔にまで魔の手を伸ばしてきた格好だ。

左太もも痛で無念の帰国となったDF田中にはじまり、DF加地が5・30ドイツ戦で右足首ねんざ、その後もFW柳沢の右太もも裏痛、FW高原の右ひざ痛、DF三都主の左足首ねんざなど離脱者、別メニュー調整の選手が絶えない。そんな中で、代えのきかない俊輔までもが仮に離脱となれば、最悪の危機的状況といえる。

俊輔はもともと、ドイツ戦の後から体調不良を訴えていた。翌5月31日の練習は右足打撲で欠席し、その後、風邪による発熱で点滴を打っていたことも判明した。「頭が痛いんだよね。こんなことないんだけど。オレ、途中で倒れるかも」と冗談交じりながらも、不安はずっと付きまとっていた。4日のマルタ戦もフル出場したが、試合後には目を赤く腫らして現れるなど、この時期にドイツではやるポプラの花粉症の症状も出ていた。

6日の練習後には「これから上げていく。大丈夫ですよ」と自らの口で回復を告げていたが、今度は左太ももへの違和感が出てきた。帰り際にはサポーターに笑顔でサインに応じるなど深刻な状態ではなさそうだが、12日の豪州戦を前に、体調面で不安を払拭しきれていないのは確かだ。

決戦まであと4日。日本にとっての生命線、俊輔から一瞬たりとも目が離せない。

(志田健)

■俊輔とけが

時折悩まされるのが恥骨結合炎で、左足付け根部分に痛みが出る。横浜M時代の01年5月に発症し、その後も05年4月や今年2月など疲労がたまると顔を出す。最も大きな離脱となったのはセリエA・レッジーナに在籍していた03年12月。腰痛、右足首痛、左ひざ痛を併発し、シーズン中に検査のため帰国。軽症と診断され約3週間リハビリした末、年末に再渡欧した。02年日韓W杯では大会直前の5月に左ひざ痛を発症、日本代表の欧州遠征を外れ、W杯代表落ちの遠因にもなった。

■ジーコジャパン故障者

★FW高原(ハンブルガーSV) 5月30日のドイツ戦で右ひざじん帯を痛めたが、6日からチームに完全合流。7日もミニゲームに参加した
 ★FW柳沢(鹿島) 5月30日のドイツ戦で右太もも裏痛を発症。7日は午前午後とも別メニューが続いたが、ランニング、パスに続き、負傷後初めて軽いシュートを打った
 ★DF三都主(浦和) 4日のマルタ戦でシュートを打った際に左足首をねんざ。7日午前からチームに合流。シュート練習だけ外れたが順調な回復
 ★DF加地(G大阪) 5月30日のドイツ戦で後方からタックルを受け、右足首をねんざして途中交代。7日午前は別メニューも、午後は練習場に姿をみせ負傷後初めて軽いランニング。ただし12日の豪州戦出場は微妙