俊輔、ドイツ大会で結果残す!悪夢の落選から4年、初選出
アディダス社の巨大ジャージーに意気込みを書き込む俊輔。4年前の屈辱が、不動の指令塔へと成長させた=撮影・財満朝則
MF中村俊輔(27)=セルティック=は、前回日韓大会の落選から4年を経て初選出。次回2010年南アフリカ大会まで背番号10を守り抜くことを誓った。4年の月日が俊輔を大きくした。日韓大会はまさかの落選に涙した男は、悔しさを肥やしに成長していた。ジーコ監督が自分の名を呼ぶ声を自宅のテレビで耳にし、表情が崩れた。
「4年前はああいう結果だっただけに素直にうれしい。4年間やってきたことが形になってよかった。報われたと思う」
4年前にトルシエ監督から名を挙げられなかったときに「これをいい経験にしたい」と唇をかみしめ、ドイツを目指しての戦いをスタートさせた。欧州への武者修行。横浜MからセリエA・レッジーナ、スコットランドプレミアリーグ・セルティックへと移籍して日本人欧州組の中で最も安定した戦績を残した。世界のファンタジスタ(創造性あふれる選手)に成長し、ジーコ・ジャパンで常に背番号10を与えられる存在になった。
W杯の背番号は未発表だが、10番を付けるのは確実。ジーコ監督も現役時代に付けた栄光のエースナンバーを背負う男は言った。「重圧もあったが、W杯が終わってもずっと付けていたい」。W杯メンバーに選ばれたことを喜ぶ一方で、今大会を通過点と位置付けた。
「(10番は)その人がいないと勝てない、そんな存在が付ける番号。ぼくはまだその領域に達していない」。自身の10番哲学への旅。「10年(南アフリカ大会)まで頑張って、そうなれるための通過点。佑二(中沢)とも話す、10年までは粘ろうと」。そのために、ドイツで結果を残す。
「自分にしかできないプレーをしたら楽しいしやってみたい。単純に言えばFKもそうだし。どうぞ決めて下さいのアシストとかね」。日本の指令塔は、黄金の左足で勝利を呼ぶ存在であることを証明する。「1次リーグ突破は難しいが、大丈夫です」。自覚が勝利宣言となって表れた。
この日の代表発表もサプライズがあった。4年前の自分と同様、久保らが落選した。「選ばれなかった人の気持ちは分かる。その人たちのためにも、W杯のピッチにふさわしくないプレーはしない」。悪夢の落選劇は心技体を成長させた。幾重もの思いを宿した左足を、世界の舞台で振り抜く。
(後藤茂樹)
■もう一つのW杯に寄付
横浜市内に4月に設立した「俊輔パーク」で会見した俊輔は、自身から100万円、同パークから100万円の計200万円を日本ハンディキャップサッカー連盟に寄付した。8月にドイツで開かれる知的障害者の国際サッカー大会「もう一つのW杯」の強化費用などに充てられる。「みなさん必死に頑張っているし自分なんかまだまだだと思う」と俊輔。「お互い頑張りましょう」と記した日本代表のユニホームを手渡し、W杯での健闘を誓い合っていた。
★稲本、プレミア経験生かす
MF稲本(Wブロムウィッチ)も2大会連続で選出された。前回日韓W杯はボランチ(守備的MF)ながら2得点を挙げる活躍をみせ、大会の“ラッキーボーイ”的存在として決勝トーナメント進出に大きく貢献した。01年からイングランドプレミアリーグで奮闘する生粋の欧州組の1人。現状ではまず代表での先発奪回が最優先となるが、「この5年間で得たものを出したい」と世界最高峰のリーグで培った経験を、集大成となる大会にぶつけるつもりだ。
★高原、悲願の初選出ホッ
02年日韓W杯は肺動脈血栓塞栓症の影響で落選したFW高原(ハンブルガーSV)は、悲願のW杯初出場を決めた。自身の公式HP『TAKA−WEB』で「ようやくW杯へのスタートラインに立てました」と安堵を示した。前日、ブンデスリーガ・フランクフルトとの3年、移籍金100万ユーロ(1億4000万円)での契約を結び、その足で15日に帰国。「いい準備をして最大限のプレーを出せる状態まで持っていけるように」と高原。フランクフルトのフンケル監督も「我々に必要な選手」と期待する男が、ドイツW杯で“日本のエース”としての存在感を見せる。
★大黒「全部勝ちたい」
スーパーサブを通り越し、スタメンの期待もかかるのがFW大黒(グルノーブル)だ。久保が離脱し、柳沢の回復がおぼつかないようなら先発の可能性が高まる。この日朝、関西空港着の便で帰国。1月8日に渡仏して以来、4カ月ぶりの里帰りで、大阪市内のホテルで吉報を告げるテレビ中継に見入った。昨年のW杯最終予選初戦の北朝鮮戦で決勝弾を決めるなど、勝負強さは折り紙付き。初の大舞台に「何もまだ成し遂げていない。絶対全部勝ちたい」と威勢がよかった。
(大阪市)
★中田浩、道先案内任せろ
2大会連続でW杯メンバー入りのDF中田浩(バーゼル)は、この日の昼過ぎに成田着の航空機で帰国。古巣・鹿島の寮へ移動し、テレビで代表発表を見守った。その後はカシマスタジアムに顔を見せ、元同僚の柳沢&小笠原にあいさつ。「ホッとしたという気持ちが強い。バーゼルもドイツ語圏なので町並みも近いし、生かしていきたい」と“道先案内人”に立候補した。
(鹿嶋市)