W杯ヒストリー

第2回/1934年イタリア

 世界的経済不況が長引く“暗黒の時代”に政治力がW杯にまで及んだ。第2回大会の開催地には13カ国が立候補し、スウェーデンで内定していたが、土壇場で独裁者・ムソリーニ総統のファシスト党が支配するイタリアが資金力をアピールして権利を勝ち得た。
 初の欧州大陸でのW杯に最多の32カ国がエントリー、各地域での予選実施も初めてだった。16カ国が本大会にコマを進めたが、トーナメント1回戦で前回準優勝のアルゼンチン、優勝候補のブラジルが敗退する。8強はすべて欧州勢で、その中で地元イタリアが頂点に立った。
 そのイタリアは、アルゼンチンから先祖がイタリア人のオルシ、グアイタ、モンティの主力3人を帰化させるなど強引な戦力補強を進めた。これには最後まで批判の声が集まったが、ムソリーニ総統はどこ吹く風。『ファシズムの宣伝』と位置づけた大会で最高の結果を残し、決勝後に貴賓席で敬礼する姿が象徴的だった。

◆得点王は5点ネイエドリー

地域予選を勝ち抜いた16カ国で行われた決勝トーナメント1回戦。アルゼンチンが2−3でスウェーデン、ブラジルが1−3でスペインに敗れる波乱が起き、欧州勢以外は全滅した。地元イタリアは1回戦で米国に7−1、準々決勝でスペインを1−0(引き分け再試合)、準決勝でオーストリアを1−0、決勝ではチェコスロバキアを2−1で下して優勝した。得点王はチェコスロバキアのネイエドリー。ドイツとの準決勝でハットトリックを決めるなど計5得点で輝いた。

▽決勝トーナメント

▽決勝

年月日 ホーム スコア アウエー
1934/06/10 イタリア 0−0 チェコスロバキア
1−1
1−0
オルシ
スキアビオ
得点 プチ

▽準決勝

年月日 ホーム スコア アウエー
1934/06/03 チェコスロバキア 3-1 ドイツ
  イタリア 1-0 オーストリア

▽グループリーグ

▽グループ1

国名 勝点 試合 勝数 分数 敗数 得点 失点 点差
1 アルゼンチン 6 3 3 0 0 10 4 +6
2 チリ 4 3 2 0 1 5 3 +2
3 フランス 2 3 1 0 2 4 3 +1
4 メキシコ 0 3 0 0 3 4 13 -9

試合 年月日 ホーム スコア アウエー
1 1930/07/13 フランス 4-1 メキシコ
2 1930/07/15 アルゼンチン 1-0 フランス
3 1930/07/16 チリ 3-0 メキシコ
4 1930/07/19 チリ 1-0 フランス
5   アルゼンチン 6-3 メキシコ
6 1930/07/22 アルゼンチン 3-1 チリ

▽グループ2

国名 勝点 試合 勝数 分数 敗数 得点 失点 点差
1 ユーゴスラビア 4 2 2 0 0 6 1 +5
2 ブラジル 2 2 1 0 1 5 2 +3
3 ボリビア 0 2 0 0 2 0 8 -8

試合 年月日 ホーム スコア アウエー
1 1930/07/14 ユーゴスラビア 2-1 ブラジル
2 1930/07/17 ユーゴスラビア 4-0 ボリビア
3 1930/07/20 ブラジル 4-0 ボリビア

▽グループ3

国名 勝点 試合 勝数 分数 敗数 得点 失点 点差
1 ウルグアイ 4 2 2 0 0 5 0 +5
2 ルーマニア 2 2 1 0 1 3 5 -2
3 ペルー 0 2 0 0 2 1 4 -3

試合 年月日 ホーム スコア アウエー
1 1930/07/14 ルーマニア 3-1 ペルー
2 1930/07/18 ウルグアイ 1-0 ペルー
3 1930/07/21 ウルグアイ 4-0 ルーマニア

▽グループ4

国名 勝点 試合 勝数 分数 敗数 得点 失点 点差
1 アメリカ 4 2 2 0 0 6 0 +6
2 パラグアイ 2 2 1 0 1 1 3 -2
3 ベルギー 0 2 0 0 2 0 4 -4

試合 年月日 ホーム スコア アウエー
1 1930/07/13 アメリカ 3-0 ベルギー
2 1930/07/17 アメリカ 3-0 パラグアイ
3 1930/07/20 パラグアイ 1-0 ベルギー