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次はJ3目指す!コバルトーレ女川がJFL昇格/東北スポーツ

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JFL昇格を決めた全国地域チャンピオンズリーグ優勝のトロフィーを手に笑顔をみせる(左から)MF黒田、近江社長、阿部監督(撮影・井上幸治)  11月の全国地域チャンピオンズリーグ(全国地域CL)を制した今季の東北社会人サッカーリーグ1部のコバルトーレ女川は6日、この日行われたJFL(日本フットボールリーグ)理事会で入会が承認され、来季の同リーグ参入が正式決定した。宮城県女川町を本拠地とし、2011年の東日本大震災を乗り越えたクラブは、新たなカテゴリーでの奮闘と、2020年のJ3昇格を目指し、新たな一歩を踏み出す。

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 午後12時17分、JFL理事会による全会一致での入会承認を伝えられ、近江弘一社長(59)は親指を立てて喜びを表現。近江社長と握手をかわした阿部裕二監督(46)は白い歯をみせた。

 「最初の目標を達成できてホッとしているが、終わりではなくここがスタート。町民、サポーター、全ての人と次の目標へ進みたい」

 2006年の創設から12年目の今季は、東北社会人リーグ1部で16勝1分け1敗と圧倒的な強さで連覇した。全国の地域リーグ覇者や社会人選手権上位クラブの全12チームで争った11月の全国地域CLで初優勝。上位2チームへ与えられる昇格権を手にし、この日を迎えた。

 あの忌まわしい過去を乗り越えての飛躍。女川町は東日本大震災で、約15メートルの津波が押し寄せて壊滅的な被害を受けた。死者574人、死亡認定者253人(15年3月1日現在)と多くの尊い命を失った。チームもクラブハウスや寮が被害。活動を休止してボランティアで復興に尽力した。

 “再出発”は半年後の9月。7、8人が週1日ほど、石巻市内の芝生のピッチでボールを蹴りはじめた。広さは本来の約4分の1で、すぐに芝がはげて土が露出。土ぼこりで周辺の住宅に迷惑を掛けたこともあった。

 苦しみからはい上がった翌12年に東北社会人リーグ(2部南)へ復帰。阿部監督は「震災があったから何か特別な意識はなかった」と平静を保ち続けた。だが「やっぱり(昇格が決まり)感慨深いものがある」。震災時の在籍者は現在の25選手中2人だけとなったが、苦しみを乗り越えた魂は今も強く残っている。

 JFLで戦うにあたり、資金面の調達など強化すべき事柄は多い。入会費や人件費、遠征費などの工面は必須。阿部監督にJFLの指揮に必要なA級ライセンスがなく、新監督の招聘(しょうへい)も決定事項だ。

 だが「しっかりサポートして、地域とともに100年続くクラブを目指して頑張っていきたい」と近江社長。20年のJ3昇格へ向け、いずれはスタジアム建設も働きかけるという。復興のシンボルとして、さらなる高みを目指す。

 「今までと変わらずひとつひとつやっていく。厳しい戦いになるが、まず最低限、残留をクリアできるようにやりたい」と指揮官。コバルト軍団が新たな舞台で旋風を巻き起こす。 (井上幸治)

コバルトーレ(Cobaltore)女川

 スポーツを通じた町づくり「女川スポーツコミュニティー構想」のもと、宮城県牡鹿郡女川町で2006年4月に誕生。チーム名は女川の「青い海」をイメージした「コバルトブルー」と自然豊かな「森」をイメージした、スペイン語で「森」という意味の「フォーレ」の造語。

 同年に石巻市民リーグに参戦し、その後東北社会人リーグ2部南、同1部と昇格。11年の東日本大震災で約1年の活動休止。13年に東北社会人1部リーグに復帰。16、17年とリーグ優勝。今季は全国地域チャンピオンズリーグを制し、来季からJFLに加入。本拠地は女川町総合運動公園第2多目的グラウンド。近江弘一社長。

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