瀬戸口勉元調教師が急死…オグリ手掛けた名伯楽 - SANSPO.COM(サンスポ)

試合
速報

瀬戸口勉元調教師が急死…オグリ手掛けた名伯楽

更新

瀬戸口氏(右)が管理したオグリキャップは、1988年の有馬記念で岡部幸雄騎手を背にGI初制覇を果たした  昭和から平成にかけての一大競馬ブームを巻き起こしたアイドルホース、オグリキャップなど多くの名馬を育てた中央競馬の元調教師、瀬戸口勉(せとぐち・つとむ)さんが9日、急性白血病のため死去した。81歳だった。葬儀は家族葬で行われ、お別れの会が後日、開かれる。

<< 下に続く >>

 日本に競馬ブームを巻き起こしたオグリキャップ(別項参照)を育てた名調教師が、天国へ旅立った。JRA騎手、調教師として競馬史に多大な功績を残した瀬戸口さんが急死。急性白血病だった。

 その名を全国区に広めたのは、1988年に笠松競馬(岐阜県)から移籍してきた“芦毛の怪物”オグリキャップだ。クラシック登録のないマイナー血統馬をGI4勝馬に育て上げて、日本中の注目を集めた。大敗続きのオグリを立て直し、17万人のファンの前で劇的に有終の美を飾った90年有馬記念は、今も語り継がれる伝説だ。

 2003年にはネオユニヴァース、06年はメイショウサムソンで牡馬2冠を達成。定年を2年後に控えた05年にも54勝を挙げて最多勝利調教師に輝くなど、記憶にも記録にも残る存在だった。また、分け隔てのない人付き合いから人望が厚く、厩舎スタッフ、騎手、調教師、馬主といった関係者にも広く慕われた。

 2007年の調教師引退後は、地方競馬の馬主となったほか、懇意にしていたJRA馬主のアドバイザーとして、精力的に活動。先月上旬まではパーティーやゴルフで元気な姿を見せていた。

 ところが、先月中旬に体調不良を訴えて検査を受けて病名が判明。そのまま緊急入院した。それでも、今月1日には退院。3日に81歳の誕生日を迎え、翌4日には親しい関係者を自宅に招いて祝いの食事をともにしていた。だが、9日に体調が急変。午後4時過ぎに、家族に看取られて息を引き取った。

 サンケイスポーツ(大阪版)の紙面では、引退後に北橋修二元調教師とコラム『せと・しゅうの友情馬券』を展開。連載終了後も、有馬記念やダービーの紙面で馬体診断を担当し、独自の目線で人気を博した。おおらかな人柄と、卓越した手腕で名をはせたトレーナーの急死。競馬界は大きな悲しみに包まれている。

瀬戸口 勉(せとぐち・つとむ)

 1936(昭和11)年11月3日生まれ。鹿児島県出身。59年に騎手となり、63年の桜花賞(ミスマサコ)など通算329勝。73年に調教師免許を取得し、75年に厩舎を開業。2005年に54勝を挙げ全国リーディングを獲得した。07年の引退までにJRA通算864勝、重賞はGI15勝を含む51勝。

オグリキャップ

 父ダンシングキャップ、母ホワイトナルビー、母の父シルバーシャーク。北海道三石町(現・新ひだか町)・稲葉不奈男氏の生産馬。笠松・鷲見昌勇厩舎でデビュー。12戦10勝の戦績を残して中央入りし、有馬記念2勝などGI4勝をマーク。“芦毛の怪物”と呼ばれ、社会現象を巻き起こした。引退後は種牡馬入り。2010年7月3日に放牧先での右後肢骨折のため安楽死となった。

今、あなたにオススメ

ランキング

PR