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盛岡大付の“満塁男”小林由伸、桜美林大へ進学/東北スポーツ

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今夏の甲子園で満塁本塁打を放った小林。一塁ベースを回ったところで右拳を突き上げた  今春、夏と2季連続で甲子園8強入りした盛岡大付(岩手)の小林由伸二塁手(3年)が、首都大学1部リーグの桜美林大へ進学することが20日、分かった。夏3回戦の済美(愛媛)戦で満塁本塁打を放ち、聖地を沸かせた“わんこそば打線”の6番打者は、生まれ育った東京に凱旋(がいせん)。「今度は近くで家族に活躍をみせたい。学んだことを生かしたい」と“東北魂”を力に新天地で躍動する。

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 冬の盛岡に“サクラサク”。桜美林大合格の吉報に笑顔を浮かべた小林は、すぐに表情を引き締めた。

 「一段落ついてホッとした。高いレベルで挑戦したかったし、高校でやったことをしっかり継続して頑張りたい」

 同大の硬式野球部は、今秋の明治神宮大会を制した日体大や東海大と同じ首都大学リーグに所属する。2009年に準硬式から硬式へ移行。歴史は浅いが、佐々木千隼投手(現ロッテ)を擁して昨秋の明治神宮大会初出場で準優勝。今秋は2部で優勝し、1部復帰を果たした。

 小林自身は東京出身で町田ボーイズOB。「遠く岩手や甲子園まで家族が応援に来てくれた。迷惑もかけたし、今度は近くで活躍と成長する姿をみせたい」と“Uターン”を決めた。

 小林のハイライトは夏の甲子園3回戦の済美戦。2-2の五回に左翼席へ満塁弾をたたき込み、勝利に貢献した。だが、高校時代で一番の思い出は満塁弾でない。センバツで犯したひとつのエラーだ。

 準々決勝の履正社戦にスタメン出場。0-0の五回二死一塁で平凡な二ゴロをトンネルした。チームはここから5失点して敗れた。以降はゴロが怖くなり、春の地区大会はベンチ外。野球をやめることも考えた。夏の岩手大会に入っても打撃練習をせず、守備や走塁、バントの練習だけを行う苦しい時期を経験した。

 だが、松崎克哉部長(30)から「もう1回、あの舞台でやりかえせ」と励まされて己を取り戻した。今夏の岩手大会途中からレギュラーに復帰し、甲子園で躍動。「あの苦しみに比べたら、大学に行っても何でも乗り越えられる」。悔しさは大きな自信に変わった。

 強打者ぞろいの盛岡大付にあって守備、走塁などにたけた“いぶし銀”は、大学でも同様のアピールを目指す。

 「打撃も強化したいが、もっと走れる選手になる。守りではミスを恐れず攻めの姿勢で勝利に貢献したい」

 約3年過ごした盛岡を離れる。室内練習場もなく、雪深いグラウンドで長靴を履いて練習をしたのはいい思い出だ。

 「苦しかったが、すごく楽しかった。メンタルも鍛えられたし、大学でも生かしたい」

 みちのくで鍛えられた強い精神力、我慢強さは大きな武器。強豪ひしめく首都大学リーグで、小林が満塁弾以上の輝きを放つ。 (井上幸治)

小林 由伸(こばやし・よしのぶ)

 1999(平成11)年7月7日生まれ、18歳。内野手。東京都多摩市出身。小学1年から愛宕ヤンキースで野球を始める。鶴牧中時代は町田ボーイズに所属し、東京大会準優勝。盛岡大付高では2年秋の地区大会からベンチ入り。今年春のセンバツ、夏の選手権に出場。夏3回戦の済美(愛媛)戦では満塁本塁打を放った。1メートル67、65キロ。右投げ右打ち。家族は両親、姉、妹。

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