2017.9.13 12:00

【ラグビーコラム】エディーJを苦しめた男が流通経大HCに 韓国出身の池英基氏が目指す大学の頂点

【ラグビーコラム】

エディーJを苦しめた男が流通経大HCに 韓国出身の池英基氏が目指す大学の頂点

特集:
ノーサイドの精神
流通経大・池英基ヘッドコーチ

流通経大・池英基ヘッドコーチ【拡大】

 【ノーサイドの精神】いまや飛ぶ鳥を落とす勢いのエディー・ジョーンズ・イングランド代表監督を、かつて悩ませた男が流通経大にいる。今季ヘッドコーチ(HC)に就任した韓国出身の池英基(チ・ヨンギ)氏(35)だ。

 ジョーンズ氏が日本代表HCだったころの2015年4月18日、韓国・仁川で行われたアジア選手権の初戦、日本代表は韓国代表と対戦。最終的には56-30で勝ったが、前半は22-20と大苦戦した。この韓国代表に戦術を授けていたのが当時韓国代表アシスタントコーチの池HCだった。

 「韓国はこれまで日本に、開始3分以内にトライを取られていました。そこで、まず前半20分まではトライされないこと。そうすればいけると伝えました」

 池HCの言葉通り韓国代表は、日本代表が前半24分に最初のトライを奪うまで17-3とリードもするなど、大健闘した。

 実は、エディー・ジャパン対策を立てた場所というのが、茨城・龍ケ崎市の流通経大ラグビー部クラブハウス2階のスタッフルーム。内山達二監督、当時HCだったチャールズ・ロー氏(現コーチング部門長)も一緒になって思案したという。茨城の地方都市ののどかな一帯でそんな“秘策”が練られていたというのは、なにやら愉快な話ではないか。

 池HCが流通経大の指導にかかわるきっかけもドラマチックだった。2010年に内山監督が韓国を訪れたとき、通訳についたのが池HCの夫人、イ・ジョンユンさん(36)だった。ジョンユンさんは内山監督に訴えた。

 「私の夫もラグビー選手です。日本でプレーする機会がほしいのです」

 池HCは当時、1メートル87、105キロの大型FBで、韓国代表キャップ12も持っていた。しかし、トップリーグにはまだアジア枠もなく、数少ない外国人枠を韓国選手に費やそうというチームは出てこなかった。そこで内山監督が「ウチにくれば」と誘ったのが、すべてのスタートだった。内山監督は振り返る。

 「ひらがなもカタカナも読めず、日本語は全く分からなかった。それでも日本に来たいという情熱はすごかった」

 10年11月24日に韓国で結婚式を挙げ、翌25日に来日という、途方もないエネルギッシュな姿勢で、日本に来てからも毎日、日本語の単語を一つ一つ覚えた。翌11年にアシスタントコーチに就くと、内山監督から「部員たちにはオマエがしゃべれ」と命じられた。まだ日本語の発音もたどたどしく、話すと部員たちから笑いがもれた。「それが、夏合宿が過ぎると、誰も笑わなくなった。ヨンギの熱が伝わったんだと思います」(内山監督)。この年、流通経大が初めてリーグ戦を制したのも、池HCの「熱」が一役も二役も買ったことは間違いない。

 金銭的に苦しかった当時、翌日の練習の準備を夜11時ごろまでしてから、深夜に3~4時間のアルバイト。睡眠時間は1~2時間しかなかったという。ある酒席で居眠りをしてしまい、内山監督が激怒、「韓国に帰れ!」とどやしつけられたほどだ。だが、苦労に気づいた内山監督から「アルバイトをやめろ。金の方は何とかする」と諭されると、涙ながらにうなずいた。そんなことも、今では笑い話にできる。

 そして今年、HCとしてグラウンドでの強化に大きな裁量と責任を与えられた。「在日の人ではない、韓国出身でトップクラスのレベルのヘッドコーチになったのは、おそらくヨンギが初めてじゃないかな」と内山監督。リーグ戦開幕の9月10日、流通経大は法大と対戦し、ノーサイド直前に法大に逆転されながら、ロスタイムに再逆転。52-49の僅差で白星発進した。

 「最後にワンチームとなって、あきらめずに逆転トライが取れたことで成果が見られた。リーグ戦、大学選手権の優勝へ、自分たちが何をすべきか明確になりました」

 ポジティブに話す池HCには将来、母国を指揮する夢もある。

 「でもそれは、40歳になったら。それまでは流通経大をいかに強くするか。内山監督との運命的な出会いがなければ、日本にいることもなかったでしょう。今、ここにいることが自分でも信じられないくらい夢みたいな話ですし、監督には返し切れないぐらいの恩がありますから」

 すっかり流暢になった日本語で感謝の言葉を重ねる池HCには、チームがまだ遂げていない、大学の頂点に立つという大仕事が待っている。

田中 浩(たなか・ひろし)

「田中 浩」イメージ画像1983年入社。ラグビーブーム全盛期に担当を約10年、その後デジタルメディア、ボクシング担当、アマ野球担当などを経て2008年から運動部一般スポーツ担当デスクを務め、14年秋に二十数年ぶりにラグビー取材の現場に復帰した。秩父宮ラグビー場でトライ(高校都大会決勝)と東京ドームでヒット(スポーツ紙対抗野球)の両方を経験したのがプチ自慢の56歳。

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