2016.12.21 12:00

【ラグビーコラム】薩摩隼人ぶりが魅力の大東大SO川向、父がとった予想外の行動とは…

【ラグビーコラム】

薩摩隼人ぶりが魅力の大東大SO川向、父がとった予想外の行動とは…

大東大・川向瑛主将

大東大・川向瑛主将【拡大】

 【ノーサイドの精神】

 敗れて潔し。大学選手権準々決勝でV7王者・帝京大に敗れた大東大のSO川向瑛(かわむこ・えい)主将。キリリとした“薩摩隼人”ぶりが魅力の好男子だ。

 ラグビーは小学校1年から始めた。ラグビースクール、ではない。楕円球を初めて見て、不思議な形のボールのとりこになり、「ラグビーをやりたい」。父親にそう伝えると、父・隆弘さん(45)は予想外の行動に出た。何と、ラグビーチームをつくってしまったのだ。

 その名は「ビッグマウス」。地元の鹿児島・大口市(現伊佐市)がネーミングの由来だ。隆弘さんも花園出場9度の鹿児島の名門、大口高でラグビーにいそしんだ。川向の同級生らを集め、週末に活動した。

 「でも、活動費がなくてね。みんなで空きびん回収をして、そのお金を運営費にあてました」と隆弘さん。鹿児島は酒どころ。各家庭に焼酎の一升びんが何本か、必ずころがっている。1カ月で600本を集めたこともあるという。1回で4~5万円が集まり、年に数回。約20万円が遠征費などにあてられた。

 そして川向が中学を卒業して鹿児島実高に入学すると、人数が減ったこともあり「ビッグマウス」は9年間の活動を終えた。まさに川向のために存在したようなチームだった。

 「本当はね、瑛には大口高校へ入ってもらって、10度目の花園へ行ってほしかったんですよ」と隆弘さんは言う。川向は鹿児島実高1、3年と花園に2度出場。1年ではCTBとして、2学年上の兄でSOの裕さんと兄弟同時出場。SOとなった3年では主将としてチームを引っ張った。

 家族の見守る前で大学最後の試合を終えた川向は卒業後、トップリーグのクボタに進み、さらに高いレベルにチャレンジする。「親が喜んでくれました。恩返しができたかなと思っています」と感謝の言葉を口にした。「わが家はラグビーしかありませんからね」とは隆弘さん。川向家の熱い日々は、まだ続く。

田中 浩(たなか・ひろし)

「田中 浩」イメージ画像1983年入社。ラグビーブーム全盛期に担当を約10年、その後デジタルメディア、ボクシング担当、アマ野球担当などを経て2008年から運動部一般スポーツ担当デスクを務め、14年秋に二十数年ぶりにラグビー取材の現場に復帰した。秩父宮ラグビー場でトライ(高校都大会決勝)と東京ドームでヒット(スポーツ紙対抗野球)の両方を経験したのがプチ自慢の55歳。

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