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【高橋信之コラム】スパイ映画マニアックス

【高橋信之コラム】

スパイ映画マニアックス

特集:
高橋信之
トレンチコートも「探偵」「諜報部員」のための基本ファッションになったよね。これもどこから始まったのか?

トレンチコートも「探偵」「諜報部員」のための基本ファッションになったよね。これもどこから始まったのか?【拡大】

 ミッキーマウスもCIAのスパイだったのが、1960年代。

 イアン・フレミングのスパイ小説『007』シリーズは1953年から1964年までの11年間で長編12冊、短編2冊を刊行するが、決して当初から大ヒットしたわけではなかった。

 ヒットのきっかけはアメリカ合衆国第三十三代大統領に就任したJ・F・ケネディが親交のあったフレミングの『ロシアより愛をこめて』(1957)を愛読書だと発表したことで、その存在が世界中に知れ渡った。

 同盟国イギリスの情報部員がロシアの暗殺者と戦うという安手のペーパーバックを正々堂々と愛読書とコメントするケネディの度胸、アメリカののど元キューバの革命や朝鮮戦争、ベトナム戦争などを背景に東西冷戦の緊張下にあって、このケネディ大統領のコメントは実にユニーク、ブラックユーモアさえ感じられる。

 その後、ようやく売れ始めた小説と映画化第1作『007/ドクター・ノオ』(1962)は、瞬く間に大ヒット。以後、1960年代には007シリーズの他、数多くのスパイ小説やスパイ映画が乱立した。

 そんな勢いは、ウォルト・ディズニー社にも影響を与えた。

 1930年代から刊行が始まり世界中のコミックブックの原型となった「ミッキーマウスコミック」すら、第107巻から「ミッキーマウスのスーパーシークレットエージェント」(1966)としてスパイマンガとなったのだ。

 実のところ、当時、ディズニー社は「次なる一手」をどうするか迷っていた時期だった。

 ウォルト・ディズニーが総指揮を取って1955年に開園したディズニーランドは大成功を収めテーマパークのあるべき姿を世界中に示したが、1960年代後半には次なるステージへの進化が求められていた。

 ウォルトはフロリダ州に、より規模を大きくしたディズニーワールドと人類文明の未来モデルとしてのEPCOTセンターの開園を構想するが、その健康は決して良くはなかった。

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  • 原子力空母が敵に捕獲され、謎の力場で空中に浮かぶ。シールドを破ろうとして味方の艦隊が攻撃しているのは、どうよ?
  • 情報部員ミッキーとグーフィは、アフリカ奥地の禁じられたエリアを探る。妙にハードな設定。
  • 独特の艦橋デザインからみると、原子力空母エンタープライズ号がモデルか?
  • 明らかに、頭身ミスマッチ
  • 女スパイが黒いヘリコプターで空母の上から睡眠ガスを散布…って、これ『ゴールドフィンガー』のプッシーガロア作戦じゃん!
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