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【高橋信之コラム】ディズニー研究シリーズ  ディズニーを救った1枚の絵、8000万円で落札!

【高橋信之コラム】

ディズニー研究シリーズ  ディズニーを救った1枚の絵、8000万円で落札!

特集:
高橋信之

 一昨日(米国西部標準時6月25日)、一枚の鉛筆画が美術オークションにおいて70万8000ドル(約8000万円)で落札された。予想価格は1億円前後とも言われていたこのスケッチ、実は60年前にウォルト・ディズニー社を救った絵だったのだ。

 1953年9月26日、映画美術クリエーターのハーバート・ライマンは突然、ウォルト・ディズニーの呼び出しを受ける。

 『ファンタジア』(1940)、『ダンボ』(1941)、『ラテン・アメリカへの旅』(1942-1943)、『三人の騎士』(1943-1944)で美術スタッフを務めたライマン氏は、その後、古巣の20世紀FOXに戻って美術ボードを担当していた。

 かつてMGM、20世紀FOXで『二都物語(嵐の三色旗)』(1935),『戦艦バウンティ号の叛乱』(1935),『アンナ・カレニナ』(1935)といった大作映画のコンセプト画を担当したライマン氏にとって、さほどディズニー社やアニメーション業界での仕事にこだわりはなかったらしく、ディズニー社での4作品の後は再び、実写映画の世界に戻っていたのだった。

 ただし1941年に数カ月におよぶウォルトの南米各国への取材ロケに同行して以来、ウォルト・ディズニーとの親交は続いていた。

 そのウォルトのたっての願い、それは「ディズニーランド」のコンセプトスケッチを週末の数日間で仕上げることだった。

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  • ホリディランド、ミッキーマウスクラブ、フロンティアカントリー、レクレーションパーク、ファンタージーランド、リリパットランド、ワールドオブトゥモロー、トルーライブアドベンチャーと呼び名も違う
  • ハブと呼ばれた中央広場では熱気球を浮かべるライドも
  • 小さな汽車にのって「小人国」を巡るリリパットランドは、後の「イッツ・ア・スモールワールド」の原型だ。
  • 白雪姫の城も、当初は館のようだった。ドイツの名城ノイッシュバンシュタイン城がモデルだったようだ。
  • ジャングル・クルーズは、当初からの設計だが、随分と小さいエリアだった。
  • トゥモローランドの月ロケット、オートレースはあるが、潜水艦などのアトラクションは初期構想にはなかった。
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