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【高橋信之コラム】宣伝写真の秘密

【高橋信之コラム】

宣伝写真の秘密

特集:
高橋信之
二十歳前後のウォルト。まだ口髭はなく、若僧だ。

二十歳前後のウォルト。まだ口髭はなく、若僧だ。【拡大】

 パブリシティショットというコトバは、日本ではあまり知られていない。

 映画スター、政治家、実業家、有名人などのセレブリティたちが報道またはお供の宣伝部のカメラマンの前で取るポーズ、スタイリングを考えた写真のことをいう。

 リアルなドキュメント写真、スナップ写真に比べて、パブリシティショットでは服装、髪形、構図、ポーズ、持ち物そして背景などすべての撮影要素が「意図に沿って撮影」されており、見る側には明確な「印象」を与える。

 このパブリシティショットを最大限に活かしきったクリエーター、それがウォルト・ディズニーだ。

 弱冠二十歳でアニメ制作を始めたウォルトにとって直面した最大の問題は「資金調達」だった。

 個人投資家、銀行、配給会社などに「若僧」と見くびられないで投資や融資を引き出すためにウォルトは数多くのパブリシティショットを撮らせた。

 若い頃、父親イライアスの命で新聞配達をして家計を支えたウォルトは子供の頃から新聞を読む習慣があった。

 そこには多くの政治家、ハリウッドセレブ、発明家が自分の政策や活動、新作の宣伝、事業への投資を求めて宣伝写真を発表していた。幼いウォルトは、この頃からごく自然に宣伝写真の重要性を学んでいった。

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  • 「蒸気船ウィリー」の成功後、急遽撮られた製作者の紹介写真。ちなみにウォルトはこの頃、もう作画はやってない。
  • ウォルト・キンボールと表情プランを話し合い。もちろん宣伝用だ。
  • 『ダンボ』の出来の悪いぬいぐるみとスタジオに登場。
  • 「ミニー」「ドナルドダック」「こびと」学士ガウンを着るウォルト。
  • 1930年代末、ミッキーマウスの商品化は大成功していた。
  • このミッキーマウスもウォルトではなくスタッフが描いた。
  • 1950年代、ディズニーランド構想を進めていた頃の自信満々ショット
  • 三十歳ちょいで成功のスタートに立った頃。
  • 初めてカラー化された「ミッキーマウス」短編の宣伝写真
  • ミッキーマウスの吹き替えすなわち世界初のアニメ声優は、ウォルトだった。
  • 1930年代初頭、ミッキーマウスマガジンの創刊告知ショット
  • ハイペリオン通りのディズニースタジオにて。決して出来は良くなかったがぬいぐるみの人気は高かった。
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