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【高橋信之コラム】 チャンスメークの達人

【高橋信之コラム】

 チャンスメークの達人

特集:
高橋信之
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オタク人生のコーチ、始めます!

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我が輩は40年すなわち人生の2/3の時間を出版をベースにしてアニメ、ゲーム、マンガ、ホビーそしてレジャーの世界で仕事をして来た。

仕事の見習いスタートは高校2年生の時の印刷所のバイト、次にタウン誌のボランティア記者になって劇場支配人や配給会社宣伝部に顔を出すようになり、SFサークル「宇宙軍」の創立でファンダムの仲間と知り合った。

その間にロックンロールパーティーとかオタクイベントとかアート展とかの催事も経験して販売や集客のコツをわずかながら知った。これらを17歳から20歳くらいにやっていた。

進学校の同級生がめきめきと学力を上げて学歴社会へと舵を切って行く中、みごとに落ちこぼれた僕は「とにかく経験値をあげる!」ことだけを考えていた。

周りの高校生がやってないことをやり、知らないことを学ぶ。好きなことしか学べない自分には「総合的な学習」はまったく不可能だったから、敢えて逆張りに向かった。

大学では文学部(宗教学・心理学専攻予定)に入ったが、仕事の方が面白く、そして忙しくなり、遂には行かなくなった。

そのためにクラスメートやゼミ仲間とのつきあいはほとんどない。

その代わり漫画研究会や文化催事のサークル、写真や映像系の研究チームとのつきあいが大学生活の思い出となった。

22歳、大学2年の時に立ち上げた個人事務所でちょっとしたヒットが生まれ、その編集印税を資本金にして最初の会社を設立したのが1981年、24歳のことだった。

そこからあっという間の35年。

大阪芸大の出身者が中心となった創作集団ガイナックスの設立にも参加したし、他にも多くの映像制作会社やゲーム企画チームの立ち上げに関わって来た。

自らが出資や経営を行った会社や団体は10社ほどだが、設立に際して資本集めや組織構成で協力したところを合わせると50社ほどになる。

そのほとんどが出版・広告・映像・催事系の会社で、傾向としてはオタク系が多い。

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