2017.4.4 16:36

【高橋信之コラム】アニメの歴史

【高橋信之コラム】

アニメの歴史

特集:
高橋信之

■ アニメ技術の先駆者フライシャー兄弟

 ヨコ型ミニチュア背景アニメーション撮影台

 いよいよ日本のアニメ史100年の振り返りが始まっていますが、そのお手本となったアメリカのアニメ史は日本よりも20年位先行していました。今回はそのあたりの話。

 ディズニーに先行していたマックス/デイブのフライシャー兄弟の発明により1930年代に作られたアニメーション撮影台がありました。

 水平方向にセル画・背景を置く方式なんですが、最大の特徴は最深部の背景にミニチュアを使っていること。

 回転するミニチュア背景台に置いたジオラマをまんま背景として撮影する…というダイナミックな発想。

 黎明期のアニメーション技術が「テロップ撮影台」「フィルム現像機」「光学合成装置:オプチカルプリンター」といった実写映画の撮影機器の延長線上で設計されていたことの証明ですね。

 フライシャー兄弟(マックス:1883-1973、デイブ:1894-1979)はウォルト・ディズニー(1901-1966)より数年早くアニメーション制作を始めており、ニューヨーク州マンハッタンのフライシャースタジオ(パラマウント映画配給)とミズーリ州カンザスシティ、後のカリフォルニア州ロスアンジェルスのディズニースタジオ(ユニバーサル映画/コロンビア映画/RKO配給)とは、米大陸の東西で良きライバル関係にありました。

 フライシャー兄弟はロトスコープ装置の発明から水平撮影台を創案し、ディズニーは複写台から垂直のマルチプレーン撮影台を改良して行きました。

 フライシャーが実写合成や立体造型物そのままの撮影にこだわったのに対して、ディズニーのアニメーターたちは描き割り構造ではあるけれど背景や前景平面の多層化による奥行き空間の表現にこだわり抜きました。

 こうしたアニメーションの技術発達史を調べるために「映像雑誌」「科学発明雑誌」「特許資料データベース」「映像博物館」などを当たっているわけですが、いやあ、当時のパラマウント映画ニュースリールにありました!

 アニメーションタップ(穴)がニューヨーク式は上(日本と同じ)、ハリウッド式(ディズニー)は下、という区別があって、これもオモシロイ。

 マックス・フライシャーは若い頃、新聞社の小僧(エランドボーイ)のバイト経験から長じて図案意匠部で漫画家の仕事に就く。その後、ボストンのカタログ会社でイラストレーターの仕事を経験した後、ニューヨークに戻って科学発明雑誌「ポピュラーサイエンス」誌のアートディレクターになっています。

 ロトスコープや水平型アニメ撮影台の特許申請用の図案も自らが起案しており、元から発明家の素養があったのでしょう。

 ちなみにウォルト・ディズニーがアニメーションとしては世界初の「長編」「カラー」「劇場」作品となった『白雪姫』(1937)を作った時、その監督に起用されたデビッド・ハンドは元々、フライシャー兄弟のスタジオでアニメーターやロトスコープ作画を担当していたヒトでした。

 『白雪姫』にも(ディズニースタジオとしては初めて)ロトスコープ技術が使われたのですが、ハンド監督のフライシャースタジオでの経験は多いに重宝がられたと思います。

高橋 信之

「高橋 信之」イメージ画像スタジオ・ハードデラックス株式会社 代表取締役 東京国際アニメフェア実行委員 日本アニメーター・演出協会 応援団長 アニメ記者クラブ/アニメプレスセンター 起案者・理事「出版や広告、商品開発、映像メディアで活動するプロデューサー/プランナー。アニメ、SF映画、ビデオゲーム、玩具、デジタルデバイスなどを得意分野とし、多くの雑誌編集者やデザイナー、映画監督と交流する。

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