2008年03月28日 更新

桑田、引退に悔いはなし…渡辺会長「巨人GMで帰って来い」

引退会見の後、マウンドにボールを置いて別れを告げる桑田(撮影・斎藤浩一)

引退会見の後、マウンドにボールを置いて別れを告げる桑田(撮影・斎藤浩一)

引退を正式に表明した桑田(撮影・斎藤浩一)

引退を正式に表明した桑田(撮影・斎藤浩一)

 【ニューヨーク支局26日(日本時間27日)】パイレーツとマイナー契約し、2年連続のメジャー昇格を目指していた桑田真澄投手(39)が26日、キャンプ地の米フロリダ州ブラデントンで現役引退を発表した。数日前にニール・ハンティントンGM(39)からメジャー昇格がないことを伝えられ、「燃え尽きた。悔いはない」と4月1日の40歳の誕生日を前に決断した。

 「燃え尽きた。メジャーに残れなかったら、ボールを置こうと決意していた」。記者会見で現役引退を正式表明し、背番号18に別れを告げた桑田は淡々と心境を語った。

 TBS系「筑紫哲也のNEWS23」のインタビューで引退を表明。オープン戦の開始前、日本の報道陣に囲まれても「まだ練習が残っている」と室内練習場に向かった。

 今後は後進の育成が期待される桑田に、巨人・渡辺恒雄球団会長(81)から巨人復帰の“ラブコール”が送られた。「引退は仕方ない。でもいい経験だったし、将来、巨人で後輩を教えてくれるようなことがあれば…」

 監督候補かとの質問には「それは分からん。候補はたくさんいるから。あと4、5年は原監督がやって、その後は高橋由伸とかがいるだろ」と説明。桑田が帰国次第、会談を希望する同会長は「まあ、GMとかコーチとかポストはあるわな。本人に聞いてみたいよ」と笑みを浮かべた。

 今後について「小さいころから野球にいっぱい幸せをもらい、いい思いをさせてもらった。ちょっとゆっくりしたい」と桑田。39歳は充実感と解放感にあふれていた。

★桑田トーク

−−引退までの経緯は

 「昨年右足首の手術を受け、開幕メジャーを目標にやってきた。しかし、キャンプの最後の最後でメジャーに残れなかったので決意した」

−−思い残すことはないか

 「ないです。小さいころから野球にいっぱい幸せをもらい、いい思いをさせてもらった」

−−まだやれるのでは

 「長くやりたいという気持ちもある。右足首は去年よりいいし、(オープン戦で)結果も残してきた。でも開幕メジャーだけをモチベーションにしてきたので、メジャーに残れなかったらボールを置こうと決意していた」

−−他球団での挑戦は

 「ここ(パイレーツ)で最後までと思っていた。自分の人生なので納得する形で終わりたい。納得できないファンもいると思うが、自分の気持ちに素直に従った」

−−パイレーツへの思いは

 「いろいろなチャンスを与えてくれて感謝している。20歳のころの夢を実現させてもらった」

−−今後について

 「(右ひじの手術を受けた)ジョーブ先生のところにあいさつに行ってから(日本に)帰りたいと思う。とにかく、ちょっとゆっくりしたい」

◆長嶋茂雄・巨人終身名誉監督

「長い間の選手生活ご苦労さまでした。これからは野球界のために若い選手たちを指導し、育ててください」

◆ソフトバンク・王貞治監督(巨人入団時の監督)

「(87年の)日本シリーズ第1戦で先発させたことが一番記憶に残っている。投手で二十数年もやるのは大したもの。彼に感動を受けた人も多いのではないか。本当にご苦労さんと言いたい」

◆楽天・野村克也監督

「米国に行ってからも新球を覚えるなど、あくなき探求心と向上心を感じさせる選手で、まさにプロフェッショナルだった。人間、時代と年齢には勝てないというが、そういうことだ。今後は何をするか分からないが、あの探求心があれば、磨かれていくだろう」

◆ヤンキース・松井秀喜外野手

「桑田さんは気持ちでプレーできる選手。後ろで守っていて、それが感じられました。(巨人時代の97年に)手術から戻ってこられて投げた試合が一番思い出深い。メジャーのキャンプが最後になったのも、チャレンジし続ける桑田さんらしい。長い間お疲れさまでした」

◆パイレーツ・ハンティントンGM

「ここ数日、クワタと今後のことについて話し合ってきた。昨夜、開幕ベンチ入りの25選手が決まったと伝えたところ、彼の意思で今回の決定(引退)になった」

◆巨人・吉村禎章二軍監督

「もう投げる姿を見られなくなるのは寂しいよ」

◆巨人・斎藤雅樹二軍投手コーチ

「彼が選んだ道に進んで出した答えだ。いいんじゃないですか」

◆巨人・上原浩治投手

「ニュースで見てショックでした。自分が入団したときに、プロ野球のしきたりなどを教えてもらいました。2年目に開幕投手になったときには、ちょっと走ろうと言ってもらい、心構えなどを教えてくれたのが桑田さんでした」

◆中学時代(八尾フレンズ)からチームメートの巨人・西山秀二バッテリーコーチ

「いつかこういう日がくる。ご苦労さんといいたい」

◆中村順司・元PL学園高監督(現名古屋商大監督)

「日本でもあの体でよく頑張ったし、米国にもチャレンジして素晴らしい。お疲れさん、ご苦労さまと言うだけです。これからはこれまでの経験を生かしてアマ、プロ問わず野球界のために頑張ってほしい」

★清原「おまえ最高にかっこ良かったぞ」

 PL学園高時代に「KKコンビ」と呼ばれたオリックス・清原和博内野手(40)は27日、「桑田の存在が僕を磨き上げてくれた。心の整理がつかない」と桑田の引退にショックを隠せなかった。

 朝のテレビのニュースで知ったそうで「野球に対する姿勢が素晴らしかったからこそ長くプレーできたと思う。いろんな人と対戦したけれど、心の中のエースは桑田。ああいう投手は出てこないだろう」とねぎらった。

 一番の思い出には高校時代を挙げ、「1年生ながらレギュラーに抜てきされ、上級生の重圧を感じながらも優勝に貢献できた」。また「巨人をああいう形(自由契約)で退団して、背番号18を背負ってメジャーに上がった。“おまえ最高にかっこ良かったぞ”と言ってあげたい」と話した。

■桑田真澄の野球人生

★甲子園20勝…PL学園高のエースとして春夏通じて5度出場し、83、85年の夏に優勝(準優勝は2度)
★巨人入団…85年11月のドラフトで巨人が1位指名。早大進学を公言していた桑田は、早大受験を取りやめて入団
★沢村賞受賞…プロ2年目の87年に15勝を挙げ、最優秀防御率、沢村賞を獲得
★登板日漏えい騒動…90年2月に“黒い交際”が書かれた暴露本が発売。「金や品物を受け取っていた」と認めた桑田に、巨人は厳罰処分
★右ひじ手術…95年6月の阪神戦で小フライを捕球の際に、右ひじの靱帯(じんたい)を断裂
★復活劇…97年4月のヤクルト戦で683日ぶりの復活勝利
★4年ぶり2ケタ勝利…01年オフに一時は引退を決意したが現役続行。02年は12勝を挙げ、最優秀防御率を獲得。巨人で4度目の日本一
★巨人退団…06年9月23日に巨人の球団公式ホームページで巨人との決別を表明
★メジャーへ…07年1月にパイレーツとマイナー契約。オープン戦で右足首をねんざしたが、6月に念願のメジャーデビューを果たした
★戦力外通告…8月に戦力外通告を受け、メジャーでは19試合登板で未勝利だった
★再挑戦…9月に08年の現役続行を決断。右足首の手術を受け、今年の1月にパ軍復帰が決定した