3 松井稼頭央 -Kazuo Matsui-
| ふりがな |
まつい・かずお |
|
| 所属 |
ヒューストン・アストロズ |
| 守備位置 |
内野手 |
| 出身地 |
大阪府 |
| 生年月日 |
1975年10月23日生 |
| 身長 |
177cm |
| 体重 |
83kg |
| 血液型 |
O型 |
| 投打 |
右投両打 |
| ドラフト |
93年3位 |
| 甲子園 |
92春 |
| 年俸 |
3年総額1650万ドル(約18億3000万円) |
| 出身校 |
PL学園高 |
| データ |
年度別成績 |
| チーム遍歴 |
| 1994-2003 |
西武ライオンズ |
| 2004-2006 |
ニューヨーク・メッツ |
| 2006-2007 |
コロラド・ロッキーズ |
| 2008- |
ヒューストン・アストロズ |
| 主なタイトル |
| 最優秀選手 |
1998 |
| 最多安打 |
1999、2002 |
| 盗塁王 |
1997、1998、1999 |
| ベストナイン |
1997、1998、1999、2000、2001、2002、2003 |
| ゴールデングラブ賞 |
1997、1998、2002、2003 |
| 年月日 |
齢 |
詳細 |
| 1975.10.23 |
0 |
大阪府生まれ |
| 1991.04 |
15 |
PL学園に入学(投手) |
| 1992.03 |
16 |
春のセンバツに投手として出場しベスト8 |
| 1993.08 |
17 |
夏の大阪大会決勝で敗退 |
| 1993 |
18 |
西武ライオンズにドラフト3位で入団 |
| 1995 |
19 |
登録名を「松井和夫」から「松井稼頭央」に変更 |
| 1995 |
20 |
1軍デビュー、69試合の出場も21盗塁で失敗は1回だった |
| 1996 |
21 |
スイッチヒッターに転向しレギュラーに定着、全試合フル出場し、リーグ2位の50盗塁を記録 |
| 1997 |
21 |
背番号を32から7に変更 |
| 1997.07 |
21 |
オールスターゲームにファン投票で選出、古田敦也から4盗塁を奪い、MVPを獲得 |
| 1997 |
22 |
初の3割をマークし、62盗塁でチーム史上3人目の盗塁王を獲得、リーグ優勝に大きく貢献 |
| 1998 |
23 |
3年連続全試合フル出場、2年連続リーグ2位の179安打を放ち、盗塁王も獲得。リーグ優勝に貢献しパ・リーグMVPに選出 |
| 1999 |
24 |
3年連続盗塁王、178安打で最多安打のタイトルも獲得 |
| 2000.06.07 |
24 |
近鉄戦でサイクルヒットを達成 |
| 2000.09.12 |
24 |
日本ハム戦で左右両打席本塁打を達成 |
| 2000 |
25 |
チーム二冠となる23本塁打、90打点を記録 |
| 2001.08.20 |
25 |
日本ハム戦で2度目の左右両打席本塁打を達成 |
| 2001 |
26 |
5年連続3割、2年連続20本塁打、7年連続20盗塁と安定した成績を残す |
| 2002.05.11 |
26 |
オリックス戦で史上7人目の2試合連続サヨナラ本塁打を記録 |
| 2002 |
27 |
スイッチヒッターで史上初のトリプルスリー(打率.332、36本、33盗塁)を達成し、チームをリーグ優勝に導く。また年間88長打で52年ぶりに日本記録を塗り替えた |
| 2003.08.01 |
27 |
日本ハム戦で3度目の左右両打席本塁打を達成 |
| 2003 |
28 |
この年で西武を退団するが、リーグ新となる8年連続全試合出場を達成し、通算1193試合連続出場、7年連続3割をマークする |
| 2003.11.17 |
28 |
FA権を行使してメジャーリーグへの挑戦を表明 |
| 2003.11.18 |
28 |
アーン・テレム氏と代理人契約を結ぶ |
| 2003.12.10 |
28 |
ニューヨーク・メッツと3年契約2000万ドル(約21億8000万円)で合意(契約金10、出来高90万ドル) |
| 2004.04.06 |
28 |
メジャー開幕戦のブレーブス戦で先頭打者本塁打を含む3打数3安打5打点全打席出塁の衝撃的デビューを飾る |
| 2004.06.25 |
28 |
レッズ戦で欠場、日米連続試合出場が1213試合でストップ |
| 2004.08.15 |
28 |
左足と腰を痛め、故障者リスト入り |
| 2004.10.03 |
28 |
打率.272、14盗塁とメジャー1年目は不満の残る数字に終わる |
| 2004.11.02 |
29 |
新潟県中越地震の被災者へ義援金を寄付 |
| 2004 |
29 |
アテネ五輪アジア予選の日本代表に選出 |
| 2005.04 |
29 |
開幕戦のレッズ戦、初打席で本塁打を放ち、2年連続開幕戦初打席初本塁打を記録 |
| 2005.06.21 |
29 |
左ひざを痛め、故障者リスト入り |
| 2005.10.02 |
29 |
打率.255に終わり、2年連続で故障に泣かされながらも不本意な成績に終わる |
| 2006.06.09 |
30 |
ロッキーズへ交換トレード成立 |
| 2006.09.16 |
30 |
ロッキーズへ移籍し、メジャー昇格初戦のパドレス戦、初打席で日本人初のランニング本塁打を放ち、メジャー4人目の3年連続シーズン初打席初本塁打を達成 |
| 2006.10.01 |
30 |
移籍したロッキーズでは32試合に出場、打率.345をマーク。最終成績は打率.267、3本塁打、26打点 |
| 2007.04.15 |
31 |
腰痛のため、故障者リスト入り |
| 2007.10.01 |
31 |
打率.288、4本塁打、37打点の成績で公式戦終了。ロッキーズはワイルドカード決定戦に勝利し、95年以来2度目のプレーオフ進出 |
| 2007.10.06 |
31 |
ロッキーズが球団創立14年目で初のナ・リーグ優勝決定シリーズ進出を決めた。自身は地区シリーズ3試合で打率.417、6打点と活躍 |
| 2007.10.15 |
31 |
ロッキーズがポストシーズン史上初となる無傷の7連勝で、初のワールドシリーズ進出 |
| 2007.12.02 |
32 |
アストロズへ移籍。年俸は3年総額1650万ドル(約18億3000万円) |
| 2008.03.21 |
32 |
臀部の痛みのため、故障者リスト入り |
| 2008.04.18 |
32 |
故障者リスト入りから戦列復帰 |