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プロフィール

 55 松井秀喜 -Hideki Matsui-

ふりがな まつい・ひでき 松井秀喜
所属 ロサンゼルス・エンゼルス
守備位置 外野手
出身地 石川県
生年月日 1974年6月12日生
身長 186cm
体重 110kg
血液型 O型
投打 右投左打
ドラフト 92年1位
甲子園 90夏、91夏、92春夏
年俸 1年総額600万ドル(約5億4000万円)
出身校 星稜高

チーム遍歴
1993-2002 読売ジャイアンツ
2003-2009 ニューヨーク・ヤンキース
2010- ロサンゼルス・エンゼルス
主なタイトル
最優秀選手 1996、2000、2002
正力賞 2000
本塁打王 1998、2000、2002
首位打者 2001
打点王 1998、2000、2002
最高出塁率 1998、2000、2002
ベストナイン 1995、1996、1997、1998、1999、2000、2001、2002
ゴールデングラブ賞 2000、2001、2002

年月日 詳細
1974.06.12 0 石川県能美郡根上町にて父・昌雄さん、母・さえ子さんの次男として誕生
1976.04 1 根上町立山口保育園に入園
1981.04 6 根上町立浜小学校に入学
1985 10 小学5年時に、根上少年野球クラブに入団(捕手)
1986 11 同クラブで主将(捕手)
1987.04 12 根上中学校に入学、根上野球部に入部(捕手)
1988 13 中学2年(捕手)。中部大会で準優勝
1989 14 中学3年(4番・投手、主将)
1990.04 15 星稜高校に入学、野球部に入部(4番・一塁手)
1990.夏 16 甲子園出場・初戦敗退(対日大鶴ヶ丘、スコア3-7)
1991 16 高校2年(三塁手)
1991.夏 17 甲子園出場、ベスト4。3回戦の竜ヶ崎第一高校(茨城)戦で甲子園第1号
1991.秋 17 国体に出場、準優勝。松商と星稜で決勝を行い、松商が優勝
1992.春 17 甲子園出場、ベスト8。2回戦(対堀越)でホームランを放ち(大会通算3本)、ゴジラの異名を受けた
1992 17 高校3年(三塁手、主将)
1992.08.16 18 甲子園出場・ベスト4、明徳義塾戦(スコア2-3)で5連続敬遠(高校通算:打率.457、本塁打60本)
1992.秋 18 日米韓三国親善野球の全日本高校選抜チームのメンバーに選出
1992.末 18 ドラフト会議で4球団に指名の末、読売ジャイアンツ(長嶋監督)がドラフト1位指名で交渉権を獲得(契約金12000万、年俸840万)、背番号55
1993.03 18 オープン戦で53打数5安打20三振の成績で、開幕は2軍スタート
1993.05.02 18 デビュー戦(対ヤクルト)の2打席目に西村龍次投手からプロ入り初安打(中越え二塁打)を放つ
1993.05.03 18 プロ入り初本塁打はヤクルト・高津臣吾投手から放つ
1994.06 20 実家の隣に松井記念館が設立
1994.末 20 リーグ制覇と日本一に貢献した
1995 20 松井秀喜ホームラン基金をスタート
1995.06.23 21 山内(広島)から初の満塁本塁打
1995.08.22 21 三浦(横浜)から通算50号本塁打を放つ
1995.末 21 初のベストナイン賞を獲得
1996.末 22 最優秀選手(MVP)を受賞
1997.04.27 22 山崎健(広島)から通算100号本塁打を放つ
1998.07.28 24 川崎(ヤクルト)から通算150号本塁打を放つ
1998.10.03 24 34本塁打、100打点の2冠で初タイトルを獲得
1999.09.21 25 舩木(阪神)から通算200号本塁打を放つ
2000.末 26 42本塁打、108打点の2冠でチームを日本一に導きリーグと日本シリーズのMVPをダブル受賞
2000.末 26 初のゴールデングラブ賞を受賞
2000.11.16 26 県民栄誉賞を受賞
2001.04.12 26 バンチ(中日)から通算250号本塁打を放つ
2001.05.03 26 歴代5人目となる連続1000試合出場を達成
2001.07.10 27 オールスターファン投票で初の最多得票で8年連続出場
2001.07.20 27 松井秀喜ホームラン基金プレゼントに、釧路市の鳥取西小学校五年生で結成する野球少年団・鳥西メジャーズジュニアが当選
2001.07.24 27 オールスター史上初の3試合連続ホーマーを近鉄・中村紀洋と共に記録
2001.08.03 27 5月5日からこの日までセ・リーグ記録の65試合連続出塁を記録
2001.09.27 27 プロ入り初となる3打席連続本塁打
2001.10.12 27 初の首位打者(.333)を獲得
2001.12.25 27 プロ野球史上最高額の年俸6億1000万円でサイン
2002.01 27 シーズン前から3冠獲得宣言
2002.07.03 28 オールスターファン投票で2年連続2度目の最多得票となる129万8046票を集め、9年連続出場
2002.07.09 28 黒田(広島)から通算300号本塁打を放つ
2002.08.01 28 4番連続出場の日本新記録となる連続363試合出場を記録
2002.10.10 28 五十嵐(ヤクルト)から日本プロ野球在籍最後の本塁打通算332号をシーズン50号で飾る
2002.10.17 28 50本塁打、107打点の2冠を獲得しリーグ優勝に貢献した
2002.10.30 28 日本シリーズでパ・リーグ優勝の西武を4連勝で破り、巨人は日本一に
2002.11.01 28 FA権を行使してアメリカ・メジャーリーグへの挑戦を表明
2002.11.01 28 最優秀選手、ベストナインに選ばれる
2002.11.09 28 アーン・テレム氏と代理人契約を結ぶ
2002.11.10 28 ゴールデングラブ賞に選ばれる
2002.12.20 28 ニューヨーク・ヤンキースと3年契約2100万ドル(約25億2000万円)で合意、背番号55
2003.01.13 28 メジャーリーグ史上類を見ない盛大な入団会見が行われた
2003.02.27 28 オープン戦のレッズ戦でメジャー初本塁打を放つ
2003.04.08 28 本拠地でのツインズ戦で公式戦初本塁打を満塁弾で飾る
2003.06.29 29 メッツ戦でメジャーリーグ通算100安打を9号ソロで飾る
2003.07.02 29 6月23-29日のア・リーグ週間MVPを獲得
2003.07.03 29 6月の打率.394、6本塁打、29打点の活躍を受けて、6月の月間最優秀新人賞を獲得
2003.07.15 29 米球宴にア・リーグファン投票外野手部門3位で選出、試合ではレフト方向への安打を放つ
2003.07.17 29 インディアンス戦でメジャー初のサヨナラ本塁打を放つ
2003.09.28 29 打率.287、16本塁打、106打点の成績でシーズン終了。ア・リーグ東地区優勝
2003.10.19 29 ワールドシリーズで日本人初本塁打を放つ
2004.03.31 29 凱旋試合のデビルレイズ戦で本塁打を放つ
2004.06.02 29 5月24-30日のア・リーグ週間MVPを獲得
2004.07.13 30 2年連続の米球宴に出場(9回表代打で途中出場)
2004.07.25 30 メジャー通算4本目の満塁弾を含む自己最多タイの1試合5打点
2004.09.30 30 自身初の3試合連続本塁打、9回サヨナラのホームを踏みヤンキースは地区優勝
2004.10.03 30 打率.298、31本、打点108の成績でシーズン終了
2005.06.20 31 6月13-19日のア・リーグ週間MVPを獲得
2005.07.28 31 メジャー新記録のデビューから425試合連続出場達成
2005.09.03 31 メジャー3年連続100打点をマーク
2005.09.07 31 ウェクター(デビルレイズ)から日米通算400号本塁打を放つ
2005.10.01 31 ヤンキースの8年連続地区優勝に貢献する23号ソロを放つ
2005.10.02 31 打率.305、23本塁打、116打点の成績でシーズン終了
2005.11.16 31 ヤンキースと4年契約5200万ドル(約61億8800万円)で合意、残留を発表
2006.05.11 31 レッドソックス戦の1回守備途中、左手首を骨折。連続試合出場記録は日米通算1768試合(日本1250、米国518)で途切れた
2006.05.12 31 手術を受け、翌13日に退院
2006.06.05 31 ヤンキースタジアムで骨折後初の練習
2006.06.06 31 公式球を使い、30メートルの距離でスローイング
2006.06.09 31 初のランニング
2006.06.11 31 初めてバットを振る
2006.06.13 32 初のダッシュ。室内で1時間のウエートトレ
2006.06.19 32 走り込みや遠投など、最長となる約3時間のメニューをこなす
2006.06.26 32 ユニホーム姿で練習。グラブをはめない左手でゴロ捕球
2006.07.04 32 体脂肪率測定機能つきの体重計を購入。107キロからベストの103キロを目指して減量に乗り出す
2006.07.06 32 グラブをつけての捕球と両手での素振りに許可が下りる
2006.07.14 32 球宴期間中に医師から許可が出ていないノックを受け、キャッシュマンGMから注意されていたことが発覚
2006.07.17 32 マリナーズ戦の試合前にイチローと対面。「(8月22日の)次回対戦までに治っているかも」と初めて復帰の見通しを語る
2006.07.20 32 エックス線検査で骨の癒合を確認。リハビリを米フロリダ州タンパで行うことが決定
2006.07.22 32 飛行機でタンパ入り。「少しずつ、練習量を増やしていきたい」とリハビリ再開への意気込みを語った
2006.07.23 32 骨折後初めて外野ノックを受けたほか、両手で力強い素振りを10スイング
2006.08.23 32 約3カ月半ぶりに両手でバットを持ち約30分間、52球のティー打撃
2006.09.01 32 屋外での初のフリー打撃を行い32スイング中、6本のサク越えを披露
2006.09.06 32 2Aトレントンで5月11日に左手首を骨折して以来118日ぶりに実戦復帰
2006.09.12 32 124日ぶりに出場したメジャーの試合で適時打を含む4打数4安打1打点
2006.09.14 32 復帰後初となる本塁打を推定飛距離140メートルの3階席直撃特大弾を放つ
2006.10.01 32 打率.302、8本塁打、29打点の成績でシーズン終了
2007.04.07 32 走塁中に左太もも裏を痛め、故障者リスト入り
2007.04.23 32 デビルレイズ戦に「6番・左翼」で16日ぶりに復帰、犠飛で1打点を挙げた
2007.05.06 32 マリナーズ戦で左翼二塁打を放ち、日米通算2000安打を達成。失策が一転、安打という珍しいメモリアルヒットとなった。メジャーリーグに移籍した日本人選手による日米通算2000安打はイチローに次いで2人目
2007.08.02 33 7月の月間MVPを受賞(打率.345、13本塁打、28打点)
2007.09.30 33 打率.285、25本、打点103の成績でシーズン終了
2007.11.14 33 右ひざの内視鏡手術を受け成功、16日からリハビリを開始
2008.06.23 34 左ひざ痛のため故障者リスト入り
2008.08.19 34 ブルージェイズ戦で約2カ月ぶりの戦列復帰
2008.09.22 34 左ひざの内視鏡手術を受け、09年2月中旬のキャンプ復帰を目指す
2008.09.28 34 打率.294、9本、打点45の成績でシーズン終了
2009.04.06 34 日本人初の開幕4番で右中間本塁打を放って日米通算445号とし、恩師である長嶋茂雄・巨人終身名誉監督の記録を抜いた
2009.10.04 35 打率.274、28本塁打、90打点の成績でシーズン終了
2009.11.04 35 ワールドシリーズで3本塁打を放つなどシリーズ最多タイ記録の1試合6打点をマーク。ヤンキースを9年ぶり27度目のワールドチャンピオンに導き、同シリーズで日本選手初の最優秀選手(MVP)に選ばれた
2009.11.10 35 フリーエージェント(FA)を申請
2009.12.16 35 エンゼルスと1年契約の年俸600万ドル(約5億4000万円))で合意

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