| 年月日 |
齢 |
詳細 |
| 1979.07.13 |
0 |
茨城県東茨城郡大洗町生まれ |
| 1995.04 |
15 |
水戸商に入学 |
| 1997 |
18 |
3年春の県大会、竜ケ崎一戦で参考記録ながら7回18奪三振で完全試合を達成 |
| 1997 |
18 |
阪神タイガースにドラフト2位で入団 |
| 1999.05.02 |
19 |
広島戦でプロ初登板、1安打3四死球で一死も取れず降板 |
| 1999.05.19 |
19 |
広島戦でプロ初先発。6回4安打5四球も2失点に抑え、プロ初勝利 |
| 2001.04.24 |
21 |
巨人戦で9回5安打1失点、11三振を奪いプロ初完投勝利 |
| 2001.07 |
22 |
監督推薦でオールスター初出場。2回を1安打1失点3三振に抑える。 |
| 2001.08.17 |
22 |
横浜戦でプロ初完封勝利 |
| 2002.04 |
22 |
入団5年目で初の開幕投手。巨人戦で1失点の完投勝利をおさめた。 |
| 2002 |
23 |
プロ入り初の2けた勝利を達成し、最多奪三振のタイトルを獲得 |
| 2003.06-07 |
24 |
2カ月連続の月間MVPを受賞 |
| 2003.08.02 |
24 |
中日戦で2安打完封、12連勝をマーク |
| 2003 |
24 |
初の20勝をマークし最多勝、最優秀防御率に輝く。チームを18年ぶりのセ・リーグ優勝に導き、MVP・沢村賞も獲得。初のベストナイン選出 |
| 2004.10.04 |
25 |
広島戦で史上71人目のノーヒットノーランを達成 |
| 2004 |
25 |
最多奪三振のタイトルを獲得、オフにメジャー挑戦を直訴するが、球団の反対で断念。 |
| 2005.08.23 |
26 |
広島戦で1000投球回数を達成 |
| 2006.03.31 |
26 |
阪神初の5年連続開幕投手を務める。 |
| 2006.04.14 |
26 |
広島戦で史上119人目の通算1000奪三振を達成。1058投球回での到達は歴代5位の記録 |
| 2006.08.15 |
27 |
横浜戦での完投勝利で10勝目を挙げ、1983年小林繁以来の5年連続2けた勝利を挙げる。 |
| 2006.10.16 |
27 |
ヤクルトとの最終戦で10三振を奪い完封勝利。3度目の最多奪三振を獲得 |
| 2006.11.10 |
27 |
ポスティングシステム(入札制度)を利用してメジャー挑戦を表明 |
| 2006.11.29 |
27 |
ヤンキースが2600万194ドル(約31億2000万円)の落札額で独占交渉権を獲得 |
| 2006.12.27 |
27 |
ヤンキースと5年総額2000万ドル(約23億6000万円)で契約 |
| 2007.04.08 |
27 |
オリオールズ戦でメジャー初先発。5回7失点のほろ苦いデビューとなったが、黒星はつかなかった。 |
| 2007.04.18 |
27 |
インディアンス戦に先発、6回を5安打2失点で切り抜け、メジャー初勝利を挙げた。 |
| 2007.05.07 |
27 |
登板6試合で防御率7.63という不振がたたり、マイナー降格 |
| 2007.09.30 |
28 |
2勝3敗、防御率6.25の成績でシーズン終了 |
| 2008.05.09 |
28 |
メジャー昇格後即先発も、3回0/3を11安打6失点で敗戦投手となった。 |
| 2008.09.28 |
29 |
メジャー2年目も2試合登板しただけで終了し、最終成績は0勝1敗、防御率13.50だった。 |
| 2009.03.23 |
29 |
春季キャンプに招待選手として参加し、オープン戦ではまずまずの結果を残すが、マイナー行きを通告される。 |
| 2010 |
31 |
マイナーで結果を残せず、前年に続きメジャー昇格できず。 |
| 2011 |
32 |
メジャーに3年間登板することなく、契約最終年を終えた。 |