14 福盛和男 -Kazuo Fukumori-
| ふりがな |
ふくもり・かずお |
|
| 所属 |
テキサス・レンジャーズ |
| 守備位置 |
投手 |
| 出身地 |
宮崎県 |
| 生年月日 |
1976年8月4日生 |
| 身長 |
182cm |
| 体重 |
78kg |
| 血液型 |
B型 |
| 投打 |
右投右打 |
| ドラフト |
94年3位 |
| 甲子園 |
なし |
| 年俸 |
2年総額300万ドル(約3億3900万円) |
| 出身校 |
都城高 |
| データ |
年度別成績 |
| チーム遍歴 |
| 1995-2003 |
横浜ベイスターズ |
| 2004 |
大阪近鉄バファローズ(現オリックスバファローズ) |
| 2005-2007 |
東北楽天ゴールデンイーグルス |
| 2008- |
テキサス・レンジャーズ |
| 年月日 |
齢 |
詳細 |
| 1976.08.04 |
0 |
宮崎県北諸県郡高崎町(現・都城市)生まれ |
| 1992 |
15 |
都城高校に入学。 |
| 1994 |
18 |
横浜ベイスターズにドラフト3位で入団。背番号は34。 |
| 1995.10.03 |
19 |
ヤクルト戦でプロ初登板。 |
| 1995.10.07 |
19 |
中日戦でプロ初先発。 |
| 1995 |
19 |
2試合に登板し勝ち負けなし。 |
| 1996 |
20 |
1試合に登板し勝ち負けなし。 |
| 1997.07.03 |
20 |
中日戦でプロ初勝利。 |
| 1997 |
21 |
3年目にして台頭。25試合を投げ4勝4敗。 |
| 1998 |
22 |
シーズン後半に3試合に先発し1勝2敗。日本シリーズでは1試合に登板し1回2/3を無失点。 |
| 1999.05.02 |
22 |
ヤクルト戦でプロ初完投。 |
| 1999 |
23 |
先発ローテーションの一角を担い自己最高の9勝を挙げる。 |
| 2000.04.23 |
23 |
中日戦でプロ初セーブ。 |
| 2000 |
24 |
前半戦は中継ぎや抑えとして登板するが、後半戦には再びローテーション入り。6勝6敗10セーブとチームのAクラス入りに貢献。 |
| 2001 |
25 |
登録名を「一夫」に改名し、背番号も37に変更。シーズン前半に右ひじ遊離軟骨の手術を受けわずか3試合の登板にとどまる。 |
| 2002 |
26 |
シーズン前半には二軍落ちを経験するが、7月に復帰し2勝3敗2セーブを挙げる。 |
| 2003 |
27 |
登録名を本名に戻し、背番号を24に変更。一年を通じてリリーフとして登板し、自己最多の62試合に登板。1勝3敗2セーブを記録する。 |
| 2003 |
27 |
門倉(現巨人)らとの2対2のトレードで大阪近鉄バファローズ(現オリックスバファローズ)に移籍。背番号は15。 |
| 2004 |
28 |
4年ぶりの2ケタとなる10セーブを挙げるなど中継ぎ、抑えとして活躍。 |
| 2004.11.08 |
28 |
「プロ野球再編」に伴う選手分配ドラフトで東北楽天ゴールデンイーグルスに移籍。背番号は引き続き15。 |
| 2005 |
29 |
クローザーを任され、チーム成績が低迷する中、4勝3敗11セーブ。 |
| 2006 |
30 |
シーズン前半は好調で、11年目にして初めてオールスターに選ばれる。その後は調子を落とし中継ぎとなるものの自己最多の21セーブを挙げる。 |
| 2007 |
31 |
この年もシーズン前半はクローザーとして登板。2度目のオールスター選出(出場はせず)後、右ひじ遊離軟骨の手術を受けその後の試合を欠場。 |
| 2007.11.08 |
31 |
フリーエージェント宣言 |
| 2007.12.14 |
31 |
レンジャーズと2年総額300万ドル(約3億3900万円)で契約 |
| 2008.04.13 |
31 |
マイナー降格 |
| 2008.04.24 |
31 |
メジャー再昇格 |
| 2008.04.26 |
31 |
再びマイナーへ降格 |