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【二十歳のころ 尾崎将司(2)】三振よりも27球27アウトを

【二十歳のころ 尾崎将司(2)】

三振よりも27球27アウトを

特集:
二十歳のころ

 今でもはっきり覚えているよ。昭和39(1964)年のセンバツ(第36回選抜高校野球大会)、オレは徳島・海南のエースで4番だった。

 大エースの3試合連続完封もあって、尾道商と決勝戦。2点リードされていて、八回にオレの大三塁打などで追いつき、九回に勝ち越しだよ。そしたらその裏、下手くそな一塁(手)の佐野木(計至=のちのエースキャディー)が内野ゴロの送球をグラブの土手で受けて落として、ランナーをためて二死満塁。2ストライク3ボールになった。そこで伝令がきてマウンドに集まった。

 新聞記事には「尾崎は飛行機を眺めていて、動揺していなかった」と書かれていたけど、単に飛行機が珍しかっただけ。四国の田舎では飛行機なんて見たことないからな。土壇場で作戦もクソもないし、オレは昔からプラス思考でね。自分の能力なら、まず打たれないという絶対的な自信があった。

 それでビュッと真ん中からインコースにシュート気味の球を投げてファーストフライ。そしたら、佐野木が今度は飛びついて取りやがった。フェアフライだから、待っていれば(ボールが)落ちてくるのにさ(笑)。

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