2018.1.26 10:08

早すぎた落語家、柳家小蝠さんの訃報/芸能ショナイ業務話

早すぎた落語家、柳家小蝠さんの訃報/芸能ショナイ業務話

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芸能ショナイ業務話
柳家小蝠さん

柳家小蝠さん【拡大】

 「それいけ! アンパンマン」のドキンちゃんなどで知られ、昨年11月に大動脈解離で急逝した鶴ひろみさん(享年57)の送る会の取材を終え、会社に戻ると、4年前に真打昇進で取材をした落語家、柳家小蝠さんが肺炎で亡くなったと連絡を受けました。42歳でした。

 昨年末に納会でお会いした小蝠さんは元日から5日まで高座に出演していましたが、7日の高座をインフルエンザで休演。自宅で休んでいましたが、9日に意識が混濁としたため、東京都内の病院へ救急搬送され、そのまま帰らぬ人になりました。

 20日、東京・町屋斎場で営まれた通夜を取材してきました。参列した小蝠さんが所属する落語芸術協会副会長の三遊亭小遊三さんは、「昨年の暮れは元気だった。最期の言葉が『歌丸師匠は大丈夫か』だったと聞いた」と元日に新宿末廣亭の初席を体調不良で休み、現在も療養中の同協会会長の桂歌丸さんを思いやっていたと告白。続けて「自分で(死んだことに)気付いてないんじゃないかな…。42歳は早い」と声を落としていました。

 小蝠さんは1994年に五代目立川談志に入門。2001年に十代目桂文治門下へ移籍し、04年に文治の他界で柳家蝠丸の門下へ。翌05年に柳家小蝠を襲名し、14年に真打に昇進したばかりです。20年の下積みをし、真打になって、4年足らず。これから、というときの訃報でした。

 その生き様を小遊三さんも「まじめで、苦労しっぱなしで亡くなって、残念。文治師匠が『一からやらせる』と談志師匠のもとで積んだキャリアを与えず、前座から仕込んだ。これからうちの協会で安定した力を発揮してくれる人材だったのに」と逝去を惜しみました。

 ある関係者は「糖尿病を患いながら、高座に上がっていた」と明かします。長い芸歴に裏打ちされた、親しみやすい語り口と技巧派の小蝠さんは先輩のみならず、後輩達にも慕われていました。

 通夜の席で喪主の妻、久実子(くみこ)さんは、棺の中で紋付袴姿の穏やかな表情で眠る小蝠さんを「急だったので(亡くなった)実感がわきません。戒名はこれから」とポツリ。棺には扇子と手ぬぐい、文治師匠との写真やファンだった南海ホークスの帽子などを納めたと明かしてくれました。天国で思う存分、落語をしてください。(くのいち)

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