2017.12.26 10:00(1/2ページ)

【関西レジェンド伝】中村泰士氏(4)中森明菜デビューのきっかけ

【関西レジェンド伝】

中村泰士氏(4)中森明菜デビューのきっかけ

特集:
関西レジェンド伝
ブラジル出身のエンジュをプロデュース。精力的な活動を続けている

ブラジル出身のエンジュをプロデュース。精力的な活動を続けている【拡大】

 細川たかしの「北酒場」がヒットした1982年、フジテレビのプロデューサー、横沢彪さんに呼んでもらって「笑っていいとも」にレギュラー出演するようになりました(84年3月まで)。それでタレント活動も楽しくなっちゃって、多いときは東京と大阪でレギュラー番組が7本も。クイズ番組やらいろいろ出させてもらいました。

 それとは別に、読売テレビ系オーディション番組「スター誕生」の審査員は、71年の番組当初から最後のほうの81年まで務めました。いちばん印象に残っているのは、やっぱり中森明菜です。ビンビンきた。

 明菜が本選で「夢先案内人」(山口百恵)を歌ったとき、僕は100点をつけようとしたんです。完璧だったから。ところが、スコアボードには2桁の99点までしか得点が表示できない。「俺は100点つけたいんだ」と言い張りまして、ディレクターがいったん収録を止めて休憩にしたんです。

 控え室へ戻ってほかの審査員に聞いたら、みなさん点数が低いんだ。松田トシさんは30点とか。とてもじゃないが合格できないような評価。「なんで? よかったよ」と力説したら、収録の再開後、みなさん点数を上げて、明菜は合格。なんとスタ誕史上最高得点の392点でした。

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