2017.12.12 10:00(1/2ページ)

【関西レジェンド伝】中村泰士氏(2)リリースから3カ月「喝采」レコ大受賞

【関西レジェンド伝】

中村泰士氏(2)リリースから3カ月「喝采」レコ大受賞

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「喝采」で日本レコード大賞を受賞。ちあきなおみを抱きかかえて喜んだ(写真提供・マガジンハウス)

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 美川鯛二の芸名でデビューしたもののまったく売れず、大阪に戻り、兄の歯科医院で歯科技工士の免許を取るため勉強を始めました。そんなとき、園まりが歌う「夢は夜ひらく」(1966年)がラジオから流れてきました。

 俺が書いた詩や! 佐川満男に向けて書いた詩でしたが、レコード会社は園まりに歌わせたんです。こうしちゃおられん。歌詩の権利を音楽出版社に5万円で売り、その金でマンションの頭金と中古ピアノを買い、東京の青山に引っ越しました。28歳のときです。

 しばらくは園まりの曲を続けて書いていましたが、68年、作詞作曲した佐川満男の「今は幸せかい」がヒットしました。佐川の部屋で飲んでいたとき、口ずさんだメロディーを「いいね」「次は」と言われ、とうとう一曲できた。譜面に起こして佐川の仮歌でデモテープをつくり、キャンペーンへ出た。ギターだけ持って佐川と2人で大阪の北新地やミナミを回りました。数社のレコード会社が手を挙げてくれた中で日本コロムビアと契約したんです。

 コロムビアではいしだあゆみ、ヒデとロザンナたちに曲を書きました。あるとき、テレビでちあきなおみがデビュー曲の「雨に濡れた慕情」(69年)を歌っているのを見て、これはと思いました。すべてよかった。歌の節回しも、声も。すごく大人な感じがしてね。コロムビア所属と知って、次の日に「俺に曲を書かせてくれ」と頼み、OKが出た。自分から書かせてくれと申し出たのは初めてでした。

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